1万字以下の短編集:SF

 お手にとって頂きまして、誠にありがとうございます。
 ここは目次の頁です。

 お好みのものがあればお読み頂けると嬉しいです。
 全然怖SFっぽくないのから、みたままSFのまであります。
 SF世界観度を★1(非SF)~★5(極SF)で表現してみました。なお、作者の主観なのでずれることがあります。
 既にUP済未公開ものは下記目次に記載していることがあります。

 ーねこロボットシリーズ
 1.りょうしりきがくてきかんそくねこ(哲学的な? ★★★) 2262字
 2.どげざねこ(ホラー風味コメディ ★) 2078字
 3.めっきねこ(うんちく的な ★) 1924字
 ー籠屋山UFOシリーズ
 1.しぶんぎ座の下で(UFO ★★) 7726字
 2.籠屋山上ル(UFO ★★) 4890字
 ーその他独立品
 1.ディオゲネスはダンボールの中(クローン的な ★★)2596字
 2.真実は頭の中に(近未来刑事もの ★★)2299字
 3.DNA的に家族(DNA的な日常 ★)2,424字
 4.交換月記(知らない間の宇宙日記 ★★)3302字
 5.管をつなぐ(ロボット? ★★) 5179字
 6.星の終わり(終末 ★★★) 1272字
 2098年。
 箱の中の猫が果たして生きているのか死んでいるのかという問題から派生した奇妙な猫型ロボットが溢れかえっていた。
 コードネームは『りょうしりきがくてきかんそくねこ』。略称は『りょうしねこ』。
 仕掛け人はエルヴィン・ノイマンという量子物理学者だ。
 その猫型ロボットはこの世に確かに存在し、誰かが観測したことによってその時点での存在が確定する。しかし誰かが観測していなければまた存在が不確定になってしまうのだ。

 20世紀初頭、シュレディンガーの猫という思考実験があった。箱を開けてみないと猫が生きているか死んでいるかわからない、というよくわからない寓話的な話として伝わっているけれども、その実は量子力学的な話である。

 量子力学というのは電子や光子といった微小な粒を扱う分野だ。ところがミクロな奴らは恥ずかしがり屋で観測しようとすると動いて逃げてしまうから正確に観測ができない。だからそいつらが『どこにいるか』は、この辺にいるだろうという確率の分布で表される。だからその状態というのは『40%の確率でいる状態』且つ『60%の確率でいない状態』が重なっていると解釈される。重要なのは『または』じゃなくて『且つ』なんだ。

 それで可愛そうな猫は原子が崩壊すると毒が出る残忍な箱に入れられている。一定期間経過後にその元素の状態は『50%の確率で崩壊している状態』で『50%の確率で崩壊していない状態』が重なり合っている。同じように量子力学的視点で考えると、一緒に入った猫も『50%の確率で生きている状態』で『50%の確率で死んでいる状態』が同時に重なり合っている。
 でももし実際に箱に猫を入れたら、猫はミクロで微細じゃないから重なり合うなんてことはなくて、死んでいるか生きているかどっちかなんだろうけれども。

 けれどもノイマン博士はやってしまったんだよ。何をどうやったかわからないけど、『重なり合い』を相対性理論上の世界に持ち込んだ。量子力学的に一定確立で存在しながら一定割合で存在しない猫型ロボット。誰かが観測したとき、確立的に存在しない場合には存在せず、確立的に存在する場合には存在する。そして量子力学的に一定時間存在したまま1日を経過した場合、2匹に増えるという機能を有した『りょうしねこ』。

 世の中は混乱した。『りょうしねこ』は存在するときに観測したら存在してしまう。そうするとなにもないと思って行動していたのに他の誰かが観測したことによって突然『りょうしねこ』が存在する。歩いているときに誰かが足元の『りょうしねこ』を観測してしまったら、躓いて転ぶ。ロボットだから妙に硬くてぶつかると結構いたい。転ぶだけならまだいいけど、それが自転車でも自動車でも電車でも起こる。事故が多発する。結果的に、『りょうしねこ』が観測された地域は『りょうしねこ』警報が出て外出自粛が促された。

 それで『りょうしねこ』の機能を停止させようというプロジェクトが組まれた。研究者は手始めに1匹の『りょうしねこ』を捕まえた。『りょうしねこ』が存在する時に観測し続けていればその姿が消えることはない。『りょうしねこ』は物理的な存在で、確率論的に存在が確定していれば突然消えて無くなったりはしない。何人もの科学者が目を離さず観測し続けながら『りょうしねこ』を解析した結果、全ての『りょうしねこ』のパスコードをあわせて原初の『りょうしねこ』に入力すれば、全ての『りょうしねこ』の動きが止まることが判明した。なんとレトロな手法なんだろう。

 パスコードはどうやらリアルタイムに生成され、『りょうしねこ』が分裂するごとに2分割されて保持されるらしい。とすれば全ての『りょうしねこ』を集めて一度にパスワードを確認する必要がある。

 手元の『りょうしねこ』を前提とすると、世の中には全部で88匹の『りょうしねこ』が存在する。
 『りょうしねこ』警報をかけ合わせると、たしかに他に87匹が存在するようだった。該当地域をローラー作戦的に探索して、集めた『りょうしねこ』は一つの部屋に集めるられ、観測され続けた。観測は機械でも可能だので、各猫の箱の前に1台のカメラが置かれた。
 最後の『りょうしねこ』が集められたとき、その部屋の『りょうしねこ』の数は1541匹にまで増えていた。観測を続ける限り、『りょうしねこ』は増えるのだ。

 これでこの騒動は終わる、そう思って祝杯を上げた時、事件が起きた。施設の電源がシャットダウンし暗闇に包まれた。大慌てで『りょうしねこ』の部屋を確認したときは既に遅く、その半数以上は逃げ出していた。
 カメラの電源が落ち、誰も観測しない状態に陥った『りょうしねこ』は存在が確定しない。そして不確定な『りょうしねこ』は量子力学的重なり合い上に存在したり存在しなかったりして、『りょうしねこ』は存在が不確定な状態で施設の壁を超えて逃亡した。トンネル効果っていうやつ?

 科学者は途方にくれた。次は何匹の『りょうしねこ』を捕まえなければならないのだろう。
 科学者は部屋の中に落ちていた紙を何気なく手にとって絶望した。

【りょうしねこは潰えさせぬ エルヴィン・ノイマン】

 量子力学的存在化した、確率論的に存在したり存在しなかったりするノイマン博士が邪魔をしている。そして現在も科学者たちは不毛に『りょうしねこ』を追っている。
 ここに全人類とノイマン博士の量子力学的ねこ戦争が勃発したのであった。
『誠に申し訳なかったにゃ』

 どげざねこが土下座した。
 どげざねこの正式名称は箱書きを捨ててしまったから覚えてないけれど、高さ10センチ程度のリラクゼーション系ロボットである。
 半径1メートル以内にいる人の脳波のイラつきを検知して、ええと確かθ波とα波が低くてβ波が高い時、とかだったかな、ともあれ人がストレスを強く感じる脳波を出している時に謝ってリラックスさせるというロボットだ。

 実際のところちょっとイライラしてたのが、どげざねこが間抜けな声で土下座する姿を見ると、なんだかどうでもよくなってくる。
 ストレスを溜めすぎないという意味でも案外悪くないのかもしれない。

 今俺がイラっとしたのは10連ガチャを10回してSRしかでなかったから。せめてSSR出てほしかった。何かすでに失敗している気がする。
 ガチャ運はおいといて。

『どうかご勘弁にゃ』

 謝罪には少しだけバリエーションがある。今月の予定通り課金上限使い切ったけどまあ、いいや。よくはないんだけどさ。

 こんな感じでどげざねこはストレス値を緩和してくれるのだ。
 でもまあレアが出ないのはよくあることだし、俺は実のところそんなにイラっとはしてないんだけどな。
 どげざねこをツンツン突くけど反応はなかった。どげざねこは単機能ロボットで、土下座によるストレス値の緩和しかしない。音楽が流れてリラックスする機能とかあってもいい気はするんだけど。

◇◇◇

「なんか最近調子悪いんだよねぇ」
「大丈夫なの? 引越してからずっと言ってるよね」
「まあなんて言うか運が悪い感じ、こないだもコンビニ行ったら携帯の電波なくって決済できなくてさ。慌てて財布探したりとか」
「あぁー、そんな感じするよね?」
「そんな感じって?」
「あ、うーん」

 友人の智樹に愚痴ってたけどなんだか返事の端切れが悪い。

「まあ続いたら対策考えよっか」
「対策? お祓いにいったりとか?」
「そんな感じ?」

◇◇◇

 悪いことはなんだか続いた。でもこれってアレだと思う。気にしたらよけい気になるという奴。
 小銭が落ちてるのを何回か見つけたら俺ってラッキーな気がしてくるのと同じで、よくないことが目につくと俺ってアンラッキーってなるやつ。
 だからまあ実際にはそんなに気にして無くて。俺はどっちかっていうと楽天的なので。

『失礼仕ったにゃ』

 どげざねこが土下座した。俺、今そんなにイラついてたかな? まあハッピーな思考ではなかったような気はするけど。
 このどげざねこも少し影響をしている気がする。どげざねこが謝るとなんだかイラついていたような気分になる。最近ちょっとこの『イラついてる』という状況の範囲がよくわからなくなっている。
 俺はなんとなくまあいいかと思ってエロ本を広げた。すっきりしない時はすっきりするに限るのだ。

『申し訳ござにゃぬ』

 あの、賢者タイムのときにそれ言われると心がザワつくんですけど。
 今は別にイラついてはなかったよな。ひょっとしたらこのどげざねこはちょっと壊れているのだろうか。
 こつこつ頭を叩いてみたけど、特に反応はなかった。

◇◇◇

「やっぱ運悪いでしょ」

 愚痴ってから何日か後、突然智樹に声をかけられた。
 どうだったかな。気のせいだと思ってスルーしてたけど、ガチャ運は変わらず微妙な気はする。でも運悪いっていうほどじゃないような。

「なんで? 良くはないと思ってるけど悪いというほどでも」
「いやなんでっていうか。ええと」
「なんかモヤるからはっきり言って」
「ええと、幽霊とか信じる?」
「いや別に」
「だよね……」

 幽霊?

「俺に幽霊とかついてんの?」
「まあそう、なんかヤな雰囲気してる、家が呪われてるとかない?」
「どうだろ、幽霊って天ぷらにして食えるって聞いたことがあるんだけどそうなのかな」
「何言ってんの?」

◇◇◇

 とりあえず智樹を家まで案内すると、ぽかんと口を開けてめちゃ固まった。

「なにそれ俺の家そんなやばい感じなの?」
「ぐぅ、なんでここで暮らせてるのさ」
「えぇ? 普通に快適に」

 とりま家に入らないと話が始まらない。茶も煎れられないよね。
 完全に腰が引けてる智樹をおいて玄関を開けると声がした。

『面目ないにゃ』

 あれ? なんでどげざねこ? まだ影響範囲には入っていないと思うんだけど。
 ドサリという音がして振り返ると智樹が昏倒していた。
 え、そんなに?
 でも俺そこまで運が悪い実感ないんだけど。

『平に、平ににゃ~』

 振り返っても誰もいない。幽霊?
 ちょっとだけ考えて結論づけた。
 ひょっとしてどげざねこがヤバい幽霊のストレス値を緩和していた可能性。だから俺に悪いことは起こらなかった?
 そう考えると凄い性能?

 とりあえず倒れた智樹をそのままにしておけなかったから家にいれたけど、そのままにしといたほうがよかったのかもしれない。起きた時阿鼻叫喚だったから。
 そのネコの形をしたロボットは時空のはざまに落っこちて、土の中に埋まってしまった。そのロボットは金属にクロムメッキを施すという単機能を持つ。
 それから幾星霜。それを掘り出したのは鉱山で働く鉱夫だった。

◇◇◇

 廊下を走るバタバタとした音がする。
 ようやくの春の陽がほかほかと欄干を照らし、窓先の膨らみ始めた梅を眺めながら茶を嗜んでいたところだったから、その騒動は甚だ興醒めなものだった。

 私は2代皇帝胡亥(こがい)陛下のご命令で驪山(りざん)に前帝の墓碑の建造する任についている。前帝の偉業を讃えるため、そして前帝の死後の不吉を祓うため、軍とも言える数の兵士の人形を安置することになった。実際の兵士の風貌を写して創るという魂の入れようで、煩雑な手続きも多く私の赴任もずいぶん長くなっている。

 墓を建てるには、そして人型を作るには土を掘らねばならない。それに関して最近妙な話が現場から舞い込んだ。鉱夫が変なものを掘り出したという。変なものと言ってもそういう話はままあって、見てみると古い武具だの装飾品だので、確かに学のない鉱夫は見たことはないかもしれないが手にとれば、なんだ、と思うものばかりだった。

 ところがその飛び込んできた官吏の持ち込んだものを見て私は認識を改めた。
 それは見たこともないような素材でできていたのだ。白くつるつるとしている。このような金属は見たことがない。玉かと思って持ち上げてみると石のようには重くない。耳を当てると中から妙な音もする。心音? 生きている? けれども動かない。形は猫に似ているが、妙に手足が短く頭が大きく丸っこい。

「珍しいもののようだから中央に送ってしまえ」
「それはやめた方が良いでしょう」
「何故だ」

 副官は奇妙なことを述べた。この猫は金属を近くに寄せるとメッキをするという。試しにちょうど隣で桃を切っていた下働きに青銅のナイフを近づけさせると、驚いたことにその猫は『にゃあ』という音を上げて動き出した。すわ、もののけの類かと思い、私は思わず机から飛び離れた。
 猫はなめらかに動き、机に放置されたナイフに近づき取り上げ、でろりと何かの液体をナイフに吐き出し始める。驚いて見ているとナイフが銀に染められ、猫はそれを机の上に置いて下がりまた動かなくなった。

 すっかり腰が引けた私は副官が言ったことを思い出す。現在の政情は千々に乱れて反乱続き。わけのわからないものを送れば反意ありと勘ぐられるかもしれない。それはまずい。見なかったことにしよう。だが危険性だけは把握しないと。
 俺は副官にそれの調査を任せて放置した。

◇◇◇

 俺はここで兵装の担当をしている。暑苦しく男臭い部署だ。
 この墓に埋める兵士の武具を作るのが仕事だが、最近青銅器の値段が高騰してる。まあこんだけ買いあさってりゃ高くなるのも仕方ねぇわな。それからメッキにすげぇ金がかかる。墓に埋めてずっと放置するわけだから青銅器が錆びないようにしないといけない。原材料費で予算が傾く。要するに金に滅茶苦茶困ってた。
 昔スキタイから伝わったこのメッキという技術は水銀を使って青銅に金を張る。金といっても水銀に溶かすから銀色になるんだ。だから金が滅すると書いて滅金っていうんだよ。水銀に金。つまりメッキには膨大な金がかかるし水銀は危険だ。

 そこに転がり込んできたのがこの猫ちゃんだ。刃を近づけるとメッキ屋が驚くほどになめらかにメッキを施してくれる。水銀も金もいりやしねぇ。何か色味が違うがいつものメッキよりツヤツヤしてるから文句も言われねぇ。まさに神様だ。これは俺とメッキ屋連中の間の秘密だ。メッキは危険だから工房に他人が入れないようにしてるからバレねぇ。この猫はめっきねこ様と崇められて墓が完成するまで働いてもらった。浮いた予算は酒になった。

◇◇◇

 1976年、兵馬俑の発掘が開始された。
 切っ掛けは農夫が井戸を掘ろうとして陶器の欠片を見つけたことだ。
 その始皇帝の墳墓は広大で8000体もの兵士の俑、つまり陶器の人形が発見された。そして、あまり知られていないことだがその兵士たちが所持していた武具は青銅製にもかかわらず錆びてはいなかった。そしてその中の一部の武具からはクロムが検出された。クロムメッキが開発されたのは20世紀に入ってからだ。兵馬俑が建てられたのは古代中国。技術的にありえないとしてオーパーツ(out-of-place artifacts)、場違いな工芸品と騒がれた。

 めっきねこは未だ見つかっていない。ひょっとするとまた時空のはざまに落っこちてしまったのかもしれない。

数年前、僕は宇宙人と出会った。
それから毎年、宇宙人に会いに籠屋山に登る。

1月4日の0時過ぎ。
しぶんぎ座流星群の極大期、1番星が降るタイミングにあわせて、僕は毎年正月休みを延長して籠屋山の天辺近くに登る。
しぶんぎ座流星群っていうのは北斗七星とりゅう座、それからうしかい座の間を起点とする、北半球だけで観測できる流星群。だいたい1時間で20個くらい、多くて60個くらいの流星が見える。

僕は宇宙人と一緒に宇宙を眺めるためにに毎年籠屋山を登っている。
彼女もいなくて親しい友達も少なくてなんとなくパッとしな生活を贈る僕には、その不思議な世界が唯一の楽しみかもしれない。
この山に天体観測に登る人はあまりいない。県を渡って縦走する人は多いけど籠屋山は急峻すぎて休めるところが少ない。第一近くに設備の整った安全な山がいくらでもある。それにここは登山道からも山小屋から外れている。

ここは僕が見つけた特別な場所。あれは何年か前にペルセウス座流星群を昼に観測しようと思って登ってた時だっけ。ペルセウス座流星群は夏のお盆前後に降る流星群だ。
当然ながら、肉眼では昼の流星群は見えない。でもその年のペルセウス座流星群の極大期は真っ昼間だった。だから僕は流星を電波で観測しようと思ったんだ。

流星が地球に突入するとき、自らをプラズマ化して燃え上がらせながら大気を電子とイオンに引き裂きさいて落ちてくる。つまり大気を電離する。
その瞬間のほんのわずかな時間に流星にむけて電波を飛ばすと、流星の電離によって大気中に広がった電離柱に僕が放った電波がぶつかり反射して、僕のもとに帰ってくる。流星をただ見るだけじゃなくて、僕が飛ばした電波を流星が打ち返す。
流星群は長い時間真っ暗な宇宙を巡っていて、最後に地球にぶつかって炎になって消えてしまう。刹那い。それはなんだか長い旅をしてきた光が眠りに落ちる前に少し微笑みかけているようで、とても特別に思える瞬間。
流星電波観測では肉眼で光が見えないくらいの小さな流星でも反応するから、地球の表面で燃え尽きていく流星の数を数えて、お墓のように1つずつを記録に残す。

それで流星電波を観測するには高い山がいいんだ。町中ではいろいろな電波が溢れていてとてもノイズが多い。電波は直進して雲や建物なんかの障害物にあたって反射する。でも籠屋山の山頂近くは大抵の雲より高くて電波が届きづらい。山の裏に回れば直進する電波も避けられる。
ノイズが少なければ少ないほど、星の消滅をきれいに観測できる。

僕が見つけたこの場所は、地図には崖地として記載されていた。
僕はいい観測地点を探してて、うっかり足を踏み外して転がり落ちたんだ。一瞬死んだと思ったけど、1メートルくらいの段差を落ちた下は平らな地面で、そこからなだらかな階段が続いていた。
ちゃんと道があるのに何故崖地表示なんだろうと不思議に思って進んでいくと、その先にヘリポートのように整地された不思議な窪地があった。遭難者のための緊急着陸用なのかなと思った。

誰もいなくてちょうどいいと思って、流星電波の観測機を広げた。
そこは驚いたことにFMも波長の長いAM電波すら届かず、とてもクリアな電波状況だった。

「すごい、ここ! 全然ノイズがない!」

思わず心の声が漏れて少し恥ずかしくなったけど、電波的にとても綺麗な場所。
さっそく観測を始めると、反射された流星の返事だけが記録されてとても嬉しくなった。
その日、飽きることもなくピコンピコンと流星の墓標を数えていると、今までにない不思議な反応があった。普通はランダムに反応が記録されるのに、時折3つずつ同時に反応がある。
なんだろうこれ、と思っていると急に後ろから声がかかった。

「困るなぁ? 勝手に変なのを飛ばされちゃ」

そこには山にしては不自然に軽装な人がいた。ライトグリーンの体にフィットしたつるつるのジャージみたいなのを着ている。この辺に住んでいるのかな? こんな場所で?
そして急にここが不自然に整地されていたことを思い出した。

「あれ? ごめん。だめだったかな。ここ私有地?」
「私有地というわけではないんだけどね……通信に邪魔な電波が入らないような場所を選定したのに変な電波を出されると困る。」
「本当にごめん。通信基地だと思わなかったんだ」
「まあ今は構わないよ。どうせ流星の時間だから。ところでなにをやってるの?」

その人は僕の持ち込んだHROという観測装置を興味深そうに見る。

「これで流星を観測してるんだ」
「流星を? なんで?」
「だって綺麗じゃないか」

その人は不可解そうな顔をする。
まあ、普通に考えたら落ちてきてるのは0.1ミリ以下単位の小さな岩塊だもんな。でも自分はその小ささであれほどの眩しさを生み、入射角によっては視界の端から端まで長い尾を引いて地球の大気を引っ掻きながら燃え尽きるなんて、とても浪漫を感じて興奮するのだけど。

「じゃあ電波を飛ばしてるのは流星の間だけってこと?」
「その予定」
「ううん、ならいいのかな?」
「えっいいの?」
「まあ、いいのかな。どっちみち流星の電離柱で交信が乱れちゃうんだよ。連絡しておく」
「連絡?」
「そうそれ、反応を返さないように」

その人は3つ並んだ流星の印を指差した。
これ? 人為的なものなの? 流星の反射じゃないの? 上空で?
空を見上げたけど見える範囲にはなにもない。
その人は手首を口元にあてて何か喋っている。トランシーバーかなにか?

「ここはなにかの観測施設なの?」
「そう、あっち側の神津市は色々変な場所なんだよ。そうだな、わかりやすくいうと地磁気とか電場とか、とにかくいろいろな力場が乱れていて、そういうのを調べている」
「ふうん、よくわかんないな、そんな違うものなの?」
「まあ、君たちには見えないものだからね」

確かに地磁気とかいわれてもよくわからないな。

「あなたはここに住んでるの? 僕は神津に済んでる。大学生」
「神津」

その人は大きくいきを吸い込んだ、ような気がした。

「最近何か変わったことないかな。不思議なこととか」
「ううん、今の所、ぱっとは思いつかないけど」
「そうだなぁ。流星が好きなの?」
「流星も好きだけど、宇宙全部が好きだよ。いつか宇宙人に会いたいなと思っている」
「私は宇宙人だよ」
「へ?」

変な音が出た。宇宙人と言えば自分も宇宙人だな。
そんなことを思いながらその人をよく見る。
あれ? おかしいな、顔に焦点が合わない。

「君が宇宙に行くことは難しいけど、宇宙の情報ならあげられる。かわりに神津の情報を頂戴?」
「宇宙の情報?」
「そう、先払い」

その人は僕の頭の後ろに手をあてた瞬間、何かピリっとした電気が走って、昼なのに視界が真っ暗になって星空が広がった。

「ちょっ。なにこれ」

急いで頭を傾けて手から逃れる。

「何って宇宙の情報。これは私のもともといた星系の映像情報」
「……本当に宇宙人なの? そんなに簡単に教えていいの?」
「他の人に言っても信じないでしょう? 脳に直接画像を贈るだけなら証拠も何も残らない」
「まぁ、そう、なのかな」
「そんな感じで君が見たことがない宇宙の映像を見せることはできる。私の星の生活や技術とかなら無理だけど、星の映像くらいならなんの意味もない。それほど遠く離れているし、場所も教えないから」

一瞬映った星空の映像は、いつも見ている夜空よりカラフルだった。フレアのような輪のある星や緑色や青色に光る恒星。そのきらめきは幻想的で、しかも触れられそうなほどにリアリティがあった。三次元の画像情報。自分がまるであの星空の只中に浮いているような不思議な感覚。

「神津の情報って何がいるの?」
「神津の組成、様々なものの動き、変化、そういったもの?」
「全然わからないよ」
「もしよければ、観測機器を接続したい」

接続?
何かその言葉に嫌な予感がよぎる。

「さっき映像を見せたのと同じように、そちらの情報をこちらに送れるように設定するんだ。特に負担はないよ」
「さっき見たのと同じ感じ?」
「そう。さっきのは私の記憶媒体を君の脳に繋げたの。それと同じように君の記録が私に流れるようにする。君は気づきもしないと思う」

確かにさっきのは一瞬だったしいきなり視界が星空に切り替わったけど、VRゴーグルをつけたような感じで違和感はまるでなかったな。
それならいいのかな。それにさっきみたいに簡単に繋げられて気が付かないならすでにもう接続されてるかもしれないし。
それになによりさっきの星空が見たい。

「それなら」

その人は僕の後頭部と側頭部にそっと手をかざし、すぐに離れていった。

「できた」
「もう? おしまい?」
「情報は一定程度たまれば自動的に送られる。気にしなくてもいい。でも、こちらが情報を渡すには来てもらいたい。それから定期的にエラーが出ていないか確認をしたいかな」
「ここに来ればいいってこと?」
「そう。できれば今日みたいな流星の日がいいな。色々ごまかしやすいから。じゃあ、交換に情報を渡す。もう触らなくて大丈夫だけど、映していいかな」
「うん、お願いします」

その瞬間、僕の視界には地球の姿が広がった。
真っ暗な中、目の前には地球と宇宙の境界線が視界を横切るように一直線に広がっている。
地球は太陽の光を薄くぼんやり反射して境界線上で青から紺への短いグラデーションを描き出し、そこから上は黒が広がり星の海が散らばっている。グラデーションの下では海の青にオレンジ色が重なって、その海の上を這うように凹凸のある立体的な雲がゆっくりと漂っている。その光景はとても寒そうで、冷たそう。見ていると、地上の近くで一瞬強い光が現れてすぐに消える。それがいくつも続く。

「これが今君が観測していたペルセウス座流星群。どうかな」
「すごい。宇宙から見るとこんな感じなんだ」
「もう少し近くで見ようか」

視界が地表面に近づき、それにつれて太陽を反射したオレンジ色に光る層を横から眺める。
暗い熱圏から突入した隕石がすぅと尾を引くように白くたなびき、最後に一瞬だけ激しく光って消える。石によっては緑色の尾を引いて紫に強く光り、そのまっすぐで細い尾は強い光とともに大気に溶け消えた。そんな筋が何本も何本も様々な太さや長さで宇宙から地球にダイブしては消えていく。
線香花火の細い線のような光がチカチカと次々と流れ落ち、その姿はとても切なく美しかった。

「すごくきれい。交換してよかった」
「こんなものでよければいくらでも」

その日は一日中流星群が流れ落ちるさまを見て、それから地球から遠く離れて木星の油の中に様々な絵の具の色を落としたような混沌としたきらめきや、土星の衛星タイタンの埃の舞い散る茶色い染まった峻厳な山々を眺めて太陽系を旅をした。
それから僕は年に3回、流星群が訪れる日に籠屋山に登って情報を交換する。
僕から宇宙人に神津の情報を贈る。宇宙人から僕に宇宙の映像を贈る。
それぞれが求めて、相手しか持ち得ない情報を交換する。
その度に僕は宇宙人と宇宙を旅をした。

その日、1月3日。しぶんぎ座流星群を追って日が高いうちにその秘密の場所にたどり着き、手早く足場を踏み固めてテントを貼った。入り口に飲食用の雪を盛って火を炊いて食事の用意を始める。
そうしているとライトグリーンを身に着けた宇宙人が現れる。

「やあこんばんは」
「こんばんは。今年も寒いね」
「残念なお知らせがあるんだ」
「残念?」
「そう、私はこの星をさらないといけない」

宇宙人の顔は相変わらず焦点は定まらなかったが、とても残念そうな声がした。

「私は君たちがいうところのフィールドワーカーでね、まさか現地の人とこんなに親しくなれるとは思ってはいなかったのだけど、とにかく残念だな」
「そうか、残念だな。調査はもういいの?」
「ここの拠点自体は残すけど、もう安定したからあとは自動制御になる。君から送られた信号はとても役に立っているのだけど、これはオプショナルで私が秘密にやっていたことなんだ。だから引き継いだりはできない」
「そうか、本当に残念」

この何年か、いつも流星群を楽しみにして過ごしていた。けれども地球を去るなら仕方がない。宇宙人が見せる宇宙の姿はとても魅力的で幻想的で。まるで異世界を飛行しているような気持ちになった。それが見れないというのはひどく残念だ。

「それでね、今日は君に提案があって」
「提案?」
「そう、もしよければ一緒に僕の星に来るかい? ずっと行ってみたいと言っていただろう?」
「どうしてそんな提案を?」
「脳が繋がっていたからかな、君は宇宙に行きたいんだと感じたから」

何度も外から見せてもらった宇宙人の住む星系はひときわ華やかだった。
多くの恒星がきらめき、その色は一つ一つ異なった。違う色の恒星がすれ違うたびにフレアが接して爆発が起き、星は重力で引き合いときには砕け散り、ばらばらになった星のかけらが周囲に飛び散り、更に多くの星を砕いて流星となってきらめき消えた。小さくなった星のかけらは様々な色を混ぜ合いながら集まり高くそびえ立ちまた新しい星になる。これがいわゆる天地創造の柱か。ハッブルの望遠鏡で撮影されたものを立体で見ることができるなんて。
宇宙人の星系はとても暴力的で、色に溢れて、そこに宇宙の全ての要素が詰め込まれたかのような雑多な世界。

「君の星系は圧力が違いすぎて僕なんか一瞬で弾け飛んでしまうだろう?」
「そうなんだよね。だからとりあえず一緒に行くなら君を変質させないといけない」
「変質?」
「そう、僕の星系で生きていくには体の凹凸を削ってその皮膚を強化して外力に負けない構造を作らないといけない。それから内臓器官も大凡を作り変えないといけないと思う。その影響で多分君たちがいうところの精神も結構変質すると思われる。どうしたい?」
「どうしたいって言われても、それは生きている状態なの?」
「生きている。私はずっと一緒にいて君を守る。寿命としてはおそらく伸びるだろう」

体の凹凸を削って内蔵を作り変えて精神を変質させる。言っていることが猟奇的すぎて頭がまったくついていかない。

「全然想像がつかないよ」
「まあ、そうかな。だから断ってもいいんだよ。明日の朝までに決めて貰えれば」
「考えてはみる」

考えてはみると言ったところで考える手がかりなど何もなかった。宇宙人は地球人じゃないから精神がどう変質するかはわからないそうだ。まあ、それはそうかもしれない。
ずっと一緒にいる。これはこれでプロポーズなんだろうか?
これまで接した宇宙人は機械的といえるまでに誠実だった。その言葉は全て真実で、尋ねたことについて問題がなければなんでも教えてくれた。わからないことはわからないと言い、教えられないことは教えられないと言った。

「僕と君はどういう関係なの?」
「私と君の関係という以外に、どういう関係もないよ」
「ついていく場合はこれまでと同じ関係?」
「私としては同じつもりだ。ただ生存を考えるならばある程度はしたがってもらったほうがいいし、そうでないなら思う通りにすればいい。リスクは伝える」

その日見せてもらった宇宙人の故郷の姿は格別に美しかった。
土星の輪に相当するものが褐色の大地に垂直に突き立って見える惑星。赤い溶岩が地表にどろどろと溢れ、それが突然隆起し龍のように立ち昇って円弧を描いてはるか遠くの地表にゆっくりと落下していく様子、もやもやとした紫色やピンク色のガス星雲が牡丹の花のように交差し、その中心でいくつもの青白く光る恒星が寄り添い集まっている姿。とても不思議で、神秘的な宇宙。

宇宙人がいなくなるとこういう景色は見れなくなるのか。その世界はいつもの日常と比べて圧倒的で、幻想的で、毎日地表に張り付いてちっぽけに生活している僕の生活とはまるで次元がちがうように思われた。
そういえば僕は宇宙人の名前もしらないし、姿もよく見えない。

「君の名前はなんていうの?」
「名前なんてないよ」
「本当はどんな姿をしているの」
「姿なんてないんだよ。そもそも君の脳の作りでは私の姿を見ることができない」
「そんなに違うのについていくことなんてできるのかな」
「そんなに違うのに今一緒に話しているだろう?」

宇宙人を見る。やっぱり焦点があわずによく見えない。
でも、それで困ったことはない。

「私と君はほんの少しの共通点で繋がっているだけだ。でもその共通点があれば会話もできるし尊重できる」
「ううん、まあ、話はできている」
「君はぜんぜん違うものになってしまうかもしれないけれど、それでも共通点は残るだろう」
「君が地球に残ることはできないのか?」

宇宙人は少し悲しそうに答えた。

「地球には私が単独で自分を維持できる技術がない。本国の支援がたたれれば私は生きられない」

そっか、それはそうかもな。一瞬で脳と脳をつなぐ技術なんて地球にはないよ。

「僕はついていったほうが幸せ?」
「わからない。そもそも私は君の全てを理解しているわけではない。むしろほとんど理解していないに等しい。考え方も、精神も、調査の上で接してはいるけれども、本当のところはわからない。だから君に決めてほしい」
「まあ、そうだよね。じゃあ一緒にいくことにする」
「いいの?」
「うん、まあ、考えて決められるものじゃないだろうから」
「わかった。じゃあ今日は地球を見よう。一応観測はいつでもできるけれども、今見たいものを見に行こう。近くで見るのは最後になるだろうから」

神津の夜景、あまりいないけれども友達の寝顔、神津新道を通って辻切を超えて神津湾のハーバーポートや煉瓦倉庫を空から眺め、そこから石燕市へ渡り、天の川に沿って上昇して日本全体を俯瞰した。僕の生まれた星。

「地球はきれいな星だと思うよ」
「そうだね、ガガーリンって人が昔青い星っていってた。もう来ることはないのかな」
「どうかな、ひょっとしたらあるかもしれないけど、その時君は変質しているから今までと同じように人に混ざることはできないだろう。だから一緒に来なくてもいいんだよ」

少し遠くから眺める地球は普段足をつけている地球とは違って、どこかよそよそしい感じがした。

「まあ、僕は正月に山に登るような奴だからな。最近では宇宙人が一番親しい気もするよ。だからいいかなと思って」
「わかった。一生守ろう。地球から君を奪う責任がある」
「なんかプロポーズみたいだな。僕は僕の全てを君に贈る。ところでなんで誘ってくれたの? 本当は現地の人と接触したり連れて帰ったりしちゃだめなんでしょう?」
「さぁ、何でだろうね」
「馬鹿みたいな話だけど、この間UFO乗ったんだよ」
「はぁ?」

 俺は思わず蒲田(かまた)に問い返した。
 丁度昼過ぎ。社食はざわざわと混み合っていて、何かの聞き間違いかと思ったんだ。

「それでUFOって無重力だと思ってたんだけど最初だけふわっとなるんだよな」
「ちょ、ちょ、ま。急に何」
「えっ? UFO」
「UFOなのはわかるんだけど、それ何の話? ドラマかなんか?」
「いやいや違くて。あれ? なんだっけ。そういう噂知らない?」
「噂」
籠屋山(かごややま)にUFOの発着場があるやつ」
「知らない」

 蒲田はマジカ、っていう目線で俺を見る。
 えっなんで。俺のほうがマジカだよ。

「ああ、うーん。世の中には不思議なことが色々あってだな」
「お前の頭の中が不思議だよ」
「そうかな」

 その日の昼休みはそれで切り上げたけど、なんとなく気になって街BBSで『UFO 籠屋山 発着場』で調べたらそれっぽいのがあった。

◇◇◇

今日も明日もUFO日和 Part6
1: 神津スコシフシギ市民 03/26(金) 22:19:51 ID:xsbk1w0298
 UFO情報教えてね!
 捕まったらここ書き込んで! よろ!

前スレ/今日も明日もUFO日和 Part5

2: 津津スコシフシギ市民 03/26(金) 22:21:01 ID:930G0TicT
 2
 やっぱ神津だと籠屋山かねぇ

4 神津スコシフシギ市民 03/26(金) 22:26:08 ID:OTGbphCWD
 よくUFO見えるっていうもんな


5 神津スコシフシギ市民 03/26(金) 22:30:08 ID:930G0T151
>>4
 UFOの発着場があるんだってよ

6 神津スコシフシギ市民 03/26(金) 22:33:59 ID:6fij8Mj8E
>>5
 ほうほう、乗車賃はおいくらかな?

7 神津スコシフシギ市民03/26(金) 22:36:27 ID:r7kcXdVhp
>>6
 腎臓1個分

151 神津スコシフシギ市民 05/08(土) 22:38:08 ID:8whG0T151
 なんかもうちょっと具体的な話聞いたぞ
 去年の正月神津のあたりの会社員がUFOに連れ去られたんだって

153 神津スコシフシギ市民 05/08(土) 22:42:08 ID:a96rk8Zb0
 それのどこが具体的なんだよ

298 神津スコシフシギ市民 06/19(土) 08:45:12 ID: 9Tl1Gag2/
>>151
 遅レスだけどどっかのスレ噂になってたな。
 流星群みにいっていなくなったんだっけ

930 神津スコシフシギ市民 09/10(金) 13:48:21 ID:3wpm04jBZ
 じゃあちょっと籠屋山登ってくるわ。明日休みだし

934 神津スコシフシギ市民 09/10(金) 18:22:41 ID:9Tl1Gag2/
>>930
 報告よろー。

◇◇◇

 ……そういえば蒲田は土日どっか行くっていってたな。まさかこの930じゃないよな。
 なんとなく気になったけど、俺は営業で蒲田は経理と部署が違う。
 営業から戻るとすでに蒲田は退社していて、なんだかもやもやと気にはなったもののそれでおしまい。

「は? UFO? お前何いってんの」
「お前が昨日の昼休みに言ってたんだろ?」
「んなこと言うわけないじゃん。頭大丈夫?」
「うっわ最悪」

 なんとなく気に入っていたのを引きずって翌昼うどんを注文しながら聞いてみたら、UFOの話はすっかり蒲田の頭から消えていた。
 まさに狐につままれたような気分。

「でもこの930お前じゃないの? ほら」

 街BBSで見せると、最初は怪訝な顔をしていた蒲田も記憶がうっすら戻ったようだ。

「あれ? 俺確かにこれ書いたわ。930」
「やっぱこれ?」
「えっまじで。でもなんでだ。うーん? あそうだ、土日にキャンプ行こうと思って籠屋山調べてたんだよ。あそこキャンプ場あるだろ」
「ああ、そういえば」
「そんで151と298見て経理の筒賀(つつが)が正月に行方不明になったの思い出してさ」
「筒賀さん?」
「そう、ちょっと人付き合い悪い感じの」
「そういえばいたかな」
「まあ営業じゃあんま絡みないだろうけど。筒賀さん無線とか趣味にしててさ、流星群を見に年に何回か籠屋山に上るんだよ。それで丁度正月に登って帰ってこなかったっていう話でさ。そんでまあキャンプ行くついでだからと思って」
「それでUFOに攫われたのか?」
「んな馬鹿な。あれ? ……でもおかしいな。夜の記憶がない。何したんだっけ」
「お前大丈夫?」

 なんだかちょっと不安になった。山で頭でも打ったのか? まあその方がUFOで攫われたよりよっぽど信憑性あるんだけど。

「なんだったかなぁ。なんか気になってきた」
「病院行ったら?」
「いや、なんとなく籠屋山で何かあった気がする」
「何か?」
「うーわかんねえけどめっちゃ気になる。平田(ひらた)、お前キャンプ好きだっけ」
「いや別に」
「今週末キャンプいかね? 彼女いないだろ」
「勘弁してくれよ。ごろごろしてぇんだよ」

 そして週末、俺はなぜか山に登っていた。どうしてこうなった。
 テント貼るとかお断り! って言ったのにキャンプ場には山小屋があってそこを借りることにしたらしい。まあ、最近運動不足だからいいけどさと思ったけど、籠屋山って結構高いのな。蒲田は初心者のハイキングコースって言ってたけどダウトだろ。もう太ももがパキパキで、行程の半分くらいで挫折しかかっていた。

「なんか息ヤベーんだけど。高山病とかだったりする?」
「アホか、この高度で高山病になるわけないだろ」
「そういうもん?」

 午前中から登ってようやく山小屋についたのは17時くらいで、蒲田に呆れた目で見られた。

「おっそ」
「勘弁してくれよ。俺は山登ったりしないんだからさ」

 ハァハァと肩で息をしながら答える。
 山小屋の前にはすでに何張りかのテントが設置され、晩飯用なのかそこかしこから湯気がゆらゆらと白く立ち上っていた。蒲田は山小屋にチェックインすると言って、立ち去る前に俺達の登ってきた方向をホラと指差した。
 つられて振り返って息を飲んだ。
 そこから見る景色は開けて遮るものなく遥か先まで澄み渡っていた。遥か遠くに見える神津湾が藍色の表面に夕日をキラキラ照り返し、その水平線すぐのところに薄っすらと火星が顔を出していた。まだ薄い星々から繋がるようにその手前に辻切(つじき)の夜景の始まりが瞬き、そこからずっと手前のふもとの新谷坂(にやさか)のあたりはすっかり真っ黒な影に沈んでいた。なのに俺の足元だけはオレンジ色。背中の籠屋山山頂の雲が反射するオレンジ色の光が足元にある俺の影以外を明るく照らしている。不思議な景色。
 ほえーっと思って見とれていると、蒲田が山小屋から戻ってきて、薪を買って一緒に簡単にバーベキューをした。その間に空は不思議にどんどんと暗くなっていく。そのグラデーションがなんだか異次元な感じがする。

「な、山も悪くないだろ」
「まあ、うん」

 なんとなく、それは否定しづらい感じ。足はもうパンパンだけれどもそのかいはあったと思わせる何かがある。この神津(こうづ)では感じられない広がる景色と澄んだ空気には。

「そういや筒賀はこの季節になると六分儀がどうのこうのって言ってたな」
「ろくぶんぎ?」
「そう、9月末に六分儀座流星群っていうのがあって、昼間に見るのがいいらしい」
「昼間に流星を? 見えるのか?」
「見えないけど電波で調べるんだってさ」
「なんだそれ。意味わかんね」
「まあ俺もよくはわかんないんだけど」
「お前は筒賀と仲良かったの?」
「そんなわけでもないけど、筒賀が話すのは俺くらいだったのかもしれない」

 そんな話をしていて、ちょっとしんみりして、21時を過ぎるとあたりはすっかり静かになった。
 UFOは見えないな。でも寝転んで見上げる星空はなんとなくUFOもいそうな気にさせる。

「そんでUFOはどうなの?」
「UFO?」
「てか筒賀さんがどうのって話で登ったんじゃん」
「あれ? そういえばそうだったな。そう、俺は先週も登って、その時はテント持ってきててそのへんで張って、えっとそれでどうしたんだったかな。多分夜中に散歩にいったんだ」
「夜中に?」
「散歩っていってもこのあたりは道が整備されてるからさ、夜は涼しくて気持ちいい」
「それ面白いの?」
「気分がかわっていいぞ、行くか?」

 それで結局無理やりつれていかれた。
 山に登ることになった時と同じテンションだな。蒲田は結構強引だ。
 でもまあ、垂直に登るわけでもなく水平に散策するだけだからそんなに疲れるわけでもない、これ以上は。既に足がいたいけど。

「あ、思い出した」
「うん?」
「そう、この先でUFO乗ったんだ」
「UFO?」
「そう、ふわふわと無重力で」
「お前頭大丈夫?」

 そんな話をしていると妙な場所にたどり着いた。円形に開けている。
 UFOの発着場? まさか。
 そう思うとふわふわとした青い毛のようなものが降ってきた。なんだ?

「ああこれ、ほらUFOが迎えにきた」
「えっなんで?」

 俺は蒲田が指し示す上空を見上げた。

 けれども上を向いても何も見えない。真っ暗なままだ。
 真っ暗? あれ、おかしい。この場所の上空だけ円形に星がなく真っ暗。
 え、本当にUFO? そんなはずないだろ。まさか。でもこの不思議な光景は、なんだ。上空に真っ黒に切り取られた円形以外の部分は、夕方見た光景と全く違って小さな星が大量に瞬いていたんだから。

「ああ、思い出したよ。筒賀さんだ」
「筒賀さん?」
「そう、筒賀さんは宇宙人と一緒に宇宙に行ったんだよ」
「はぁ? UFO乗った以上に信じらんねえ」
「籠屋山のもう少し上に本当のUFOの発着場があるらしくてさ、そこで筒賀さんは天体観測をしててすごく遠くの宇宙に行くことにしたらしい」
「……大丈夫かお前」
「まあ、そうだよな。俺はここでUFOに捕まって、筒賀さんの記憶とやらでそれを見た。誰にも挨拶をせずに地球を去ったから誰かにさよならを言いたかったらしくて、UFOが筒賀さんの知り合いを籠屋山で待ってたんだ。それで筒賀さんはそのデータを俺にくれるらしい」
「データ」
「そう、これまでにない奇麗でクリアな流星群の電波観測結果らしい。四分儀座と六分儀座流星群の」
「ちっとも興味ねえな」
「そういうなよ、それで次来る時USBかなんか持ってきてっていわれたんだけど、俺忘れちゃってたな」
「それでこれがUFOだとして、俺も乗れるわけ?」
「USB持ってる?」
「山に持ってくるわけないだろ」
「じゃあ今回は無理かな」

 ぽっかりと真っ暗な円形の空を見上げた。
 これ、本当にUFO? まんまるな黒い雲とかじゃないの?
 でもその山の澄み切った不思議な空気と降ってくるなんだかよくわからないパラパラと降り注ぐ青い糸を見ていると、本当にUFOなんだろうかという気がしてきた。
 結局俺たちは来週下山して、来週USB持って3回目の籠屋山に登ろうということになった。

「蒲田、めっちゃ体痛い」
「明日くらいになったら治るよ。今週も登るんだから早く治せ」
「ねえ、俺なんで今週末も山に登ったんだ?」
「うん? 体鍛えたいとかじゃないの?」


ー付言
自主企画用の作品を修正しました。
空色ワンライ4回目 #空色ワンライ
お題:贈り物
・馬鹿みたいな話だけど が冒頭
・298、930、151、3を使う

おまけ:エンゼルヘアというのはUFOが落とすという噂の謎物質です。結構べたべたしてるらしい。

 変な外人が俺たちの住処に紛れ込んだ。ディオゲネスと名乗っているからやはり日本人ではないのだろう。堀が深くて色が白い。
 環状線の高架下にある周辺の雑踏から切り離されて忘れ去られたようなこの狭い歩道には、6人のホームレスがひっそりと居を構えている。最近は行政の締め付けが厳しく色々なところを追い出され、下に下に流れ落ちる汚泥のようにこの底辺に辿り着いて、ようやく一息つけたところだった。

 その老人はある日ふらふらと歩道に降りてきて、俺たちのダンボールの家の隙間をかき分け冷たく湿ったコンクリートの路面にぺたりと腰を下ろした。マントみたいなボロだけを纏って震えている。
 老人はちょっとおかしい。人がいてもいなくてもお一人様に及び、こんなに気持ちいいのに何故腹は膨らまぬのかとかよくわからないことを呟く。だから老人が下着すら履いていないのをみんな認識していた。せめてパンツを履けよと思っているけど、いろいろな意味で関わり合いになりたくなくないから誰も声をかけなかった。

 最初はみんな老人を警戒した。不法滞在で逮捕されて関係者と思われて取調べされたら。怪しい外国人がいるということで行政がやって来てまたここを追い出されたら。お互いの素性をわざわざ尋ねたりはしないが軽犯罪くらいには足を突っ込んでいる者も多い。道に落ちている不用品を拾うのは本来違法だ。
 正直、かかわりたくなんてない。出ていってほしい。
 ひょっとしたら外国人窃盗団の手先が逃げてきたのかもしれないし。

 けれどもそのディオゲネスと名乗る老人はただひたすらダンボールの間に座っていた。しかも夜中になるとぐうぐうとひどい腹の音と歯ぎしりを響かせている。仲間に聞くと、どうやら全く食事をしていないらしい。
 さすがにここで餓死されても困る。自分たちで警察を呼ぶのは勘弁だと思い、拾ってきた廃棄食品をやむをえず少しずつわけるとガツガツ食べた。最近は廃棄食品も貴重で、回収されたり薬品を混ぜられたりしていることも多くなかなか手に入らない。

 話してみると以外にも日本語が堪能だった。だが言っていることはおかしかった。自分は奴隷でコリントでタコを食って死んだはずだが気がついたら知らない場所にいて、親切な男に日本語と社会の仕組みを習って外に出されたそうだ。やはり頭がイカレてると思った。
 だがイカレてることと生きてくことは別だ。俺らが普段やってる空き缶や雑誌拾いの仕事を教えようとしたら、乞食は施しをもらえるのに哲学者である自分が施しを受けられないのはおかしいと言い放った。十分おかしいと思う。今は乞食は違法だと教えたら衝撃を受けていた。

 かといっていつまでも自分たちの食い扶持を分け与えられるほど俺たちに余裕はなく、義理もなかった。だから炊き出しの場所を教えた。毎日ではないがおにぎりや日用品の配給を行っている団体はいくつかある。
 俺たちはなるべく食い扶持を自分で賄っている。路上に生きていても施しを受けるのは自分が哀れに思えるしなんだか窮屈に感じるから。だからこの老人の施しのみで生きていこうというある意味清々しい姿勢にはなんだか衝撃を受けた。

 ある日、ニートといわれたがどういう意味だろうかと老人に尋ねられ、働かない人だと教えたことがある。そうすると、老人は哲学者は欲から開放されて自足すべきもので動じない心が重要だ、うむうむと深く納得し、それ以降自分をニートのディオゲネスと呼称するようになった。
 この老人には皮肉は通じないのか、それともそれが正しい姿だと認識しているのかよくわからないが、その堂々とニートを貫く姿に皆が惑乱し、好感を覚えるようになった。とにかく老人は何かが一貫していたのだ。

 老人はみかんと書かれたダンボールの施しをうけ、その四角い箱の中に住むようになった。陶器のかめと違って壊れなくていいと喜んでいる。実際、コンクリートの床は底冷えがする。最近ではすっかり馴染んできた老人が風邪を引くのではないかとみんな心配していたものたから、ホッとした。
 今のボロマントで十分だと古着の施しを断ったようだが、みんなで下着を履かないと法に触れると説得すると、そうか、と述べてボロボロのワイシャツと膝やふとももの破けたジーンズを履くようになった。

 ダンボールの中でくつろぐこの奇妙な老人に若者がちょっかいをかけにくることもあった。この老人には何か愛嬌があるせいか、いつのまにか若者たちは言いくるめられ、たまに老人に菓子パンやらおにぎりを持ってくるようになった。

 ところが老人はある日突然いなくなった。話に聞くと身なりのいい男が炊き出しに現れて戻るように老人を誘ったそうだ。その男は老人を恭しく扱い、あなたは奴隷なのだからそろそろうちの掃除をお願いしますとわけのわからない問いかけをすると、老人はうむと鷹揚に頷いてついていったそうだ。
 問答がおかしいのでやはりイカレて徘徊していたのを身内が引き取りに来たのかと思った。その頃にはみんな老人に妙な愛着を感じていて、少し寂しく思っていた。

 ところがそれは杞憂で、しばらくたってまた老人は戻ってきて同じようにダンボールの中に鎮座した。
 老人に一緒に行ったのは身内じゃないのかと尋ねたら、私はあの人らに買われた奴隷だからたまに家の掃除をしにいってやるんだよという斜め上の返答があった。老人は相変わらずわけのわからなさを発揮して、なんとなく変わらない様子はみんなをよろこんばせた。

 老人が言うには、老人は大昔の人の複製であり、あの男に買われたらしい。男は自分を何くれと饗そうとしたが、神に近い者ほど必要なものが少ないのだと教えてやると、そうですねと言って外に出してくれたらしい。
 やはり言動を含めてイカレてるとしか思えない。何故わざわざホームレスに。

 老人はその後もニートのディオゲネスであると名乗り屁理屈を捏ねながら楽しげに過ごし、時たま身なりのいい男の家で掃除をして帰ってくるという謎の生活を継続した。
 一度男に何故あの老人をちゃんと保護しないのか尋ねたことがあるが煙に巻かれた返答をされた。

「あの人は古代ギリシャで今と同じように路上で生活していた哲学者のクローンでね。時代が変わっても同じ行動をするのか試しているんですよ」