「ねぇ、変なこと考えないで? 楽しいこと考えよう? いま死ぬのはもったいないって言ったじゃん。この先、楽しいことがたくさん起きるって……わたしにも、あんたにも起きるって……そうあんたが言ったじゃん」

 わたしはあの言葉を、信じてる。

「だからそれまで生きよう? わたしも生きるから……だからあんたも……」

 幸野がわたしの顔を見た。
 目が合って、それだけでなぜか泣けてくる。

「生きようよ……ね?」

 すがるように、願うように、そう言った。
 目の奥がじわっと熱くなる。
 すると幸野がわたしの前で、静かに笑った。

「池澤さん」

 名前を呼ばれて、くちびるをかみしめる。
 すぐ近くでわたしを見つめる幸野の顔が、涙でぼやける。

「なんで池澤さんが、泣くんだよ」

 わからない。自分で自分がわからない。
 だけどすごく悲しくて、悔しくて、寂しくて。
 幸野にいなくなってほしくなくて。

 わたしの顔をじっと見つめたあと、幸野がゆっくりと顔を近づけてくる。
 わたしはぎゅっと強く、目を閉じる。

 遠く波の音が聞こえて、そっとかすかに、わたしたちのくちびるが重なった。