「そんなのはお母さんも、たぶんお兄さんも望んでないと思う。わたしだって、あかりたちにひどいことはされたけど、わたしの代わりに誰かが仕返しなんて……そんなのしてほしくない」

 わたしはもっと強く、その手を握る。

「だってそんなことしたら、今度はそのひとが恨まれる。幸野のお母さんが言ったように、憎しみの連鎖が続いちゃう……」
「大丈夫だよ」

 わたしの声を、幸野がさえぎった。

「仕返ししたあとに、自分で断ち切ればいい」
「え?」
「おれが消えれば、そこで終わる」

 びゅうっと強い風が吹いた。
 思わず閉じてしまった目を開いたら、幸野はもうわたしを見ていなかった。
 海の向こうの、どこかずっとずっと遠くを見ていた。

「だ、だめだよ」

 わたしはそんな幸野の横顔に言う。

「だめだから、そんなの。ぜったいだめだから!」

 そんな言葉しか出てこない自分がもどかしい。
 だけどわたしは必死だった。
 なんとか幸野を引き止めないとって、必死だった。
 すると幸野が前を見たまま、いつものように明るく笑った。

「なんてね。うそだよ。死んだりしないよ。ほんとうに死にたいやつは、死にたいなんて言わないんだ。誰にも言わず、ある日突然ぷつっと消える」

 わたしは首を横に振り、幸野の手を痛いほど強く握りしめる。

「うそでしょ? それもうそなんでしょ?」

 握った手を、強引に自分のほうへ引き寄せる。
 そうしないと、幸野が目の前から、ふっと消えてしまいそうな気がしたから。