「あの日、おれの兄ちゃんが死んだんだよ。自殺だった」
わたしはただその場に立ちつくす。
「おれが遠足から帰ったら、団地の前にひとが大勢集まってた。誰かが四階から飛び降りたらしいって。知ってるおじさんが『見るな』っておれを止めたけど、どうしようもなく胸がざわついて、大人の手を振り切って飛びだした。そこで兄ちゃんが死んでたんだ」
幸野は自分の膝をぎゅっと抱えこむ。
「あの光景は一生忘れられない」
つめたい海風がわたしの髪をなびかせ、背中がぶるっと震えた。
幸野はわたしを見上げて、いつもと変わらない笑顔を見せる。
「やめよ、こんな話。デートのときにする話じゃない。気持ち悪いだろ?」
乾いた笑い声を聞きながら、わたしは幸野のとなりに座った。
そしてそっとその手を握りしめる。
「いいよ、話して」
幸野が不思議そうな顔でわたしを見る。
「わたし、知りたいの。あんたのこと、ぜんぶ知りたい」
だからふざけないで、ごまかさないで、からかわないで。
お願いだから、無理に笑ったりしないで。
幸野はじっとわたしの顔を見てから、ぽつりとつぶやく。
「……聞きたいの?」
わたしはうなずく。
あきれたように笑った幸野が、わたしからまた視線をそらした。
そして海のほうを見たまま、口を開く。
わたしはただその場に立ちつくす。
「おれが遠足から帰ったら、団地の前にひとが大勢集まってた。誰かが四階から飛び降りたらしいって。知ってるおじさんが『見るな』っておれを止めたけど、どうしようもなく胸がざわついて、大人の手を振り切って飛びだした。そこで兄ちゃんが死んでたんだ」
幸野は自分の膝をぎゅっと抱えこむ。
「あの光景は一生忘れられない」
つめたい海風がわたしの髪をなびかせ、背中がぶるっと震えた。
幸野はわたしを見上げて、いつもと変わらない笑顔を見せる。
「やめよ、こんな話。デートのときにする話じゃない。気持ち悪いだろ?」
乾いた笑い声を聞きながら、わたしは幸野のとなりに座った。
そしてそっとその手を握りしめる。
「いいよ、話して」
幸野が不思議そうな顔でわたしを見る。
「わたし、知りたいの。あんたのこと、ぜんぶ知りたい」
だからふざけないで、ごまかさないで、からかわないで。
お願いだから、無理に笑ったりしないで。
幸野はじっとわたしの顔を見てから、ぽつりとつぶやく。
「……聞きたいの?」
わたしはうなずく。
あきれたように笑った幸野が、わたしからまた視線をそらした。
そして海のほうを見たまま、口を開く。