「あー、濡れた。やっべー」

 幸野が足元を気にしながら、砂浜に戻ってきた。
 わたしはとっさにその腕をつかむ。

「ねぇ」

 立ち止まった幸野がわたしを見下ろす。

「それ……どういう意味?」

 自分の心臓の音が、激しくなる。
 腕をつかんだ手が、かすかに震える。
 この前、羽鳥先輩から聞いた言葉が、頭のなかをまわっている。
 幸野はすっと、わたしから目をそらした。

「ずるい」

 思い切って声を出す。

「あんたは……ずるいよ」
「なにが?」

 幸野がつぶやく。
 わたしはつかんだ腕に力をこめて言う。

「わたしには、つらいことは話せって言ったくせに、あんたはなんにも話さないじゃん。ふざけて、ごまかして、からかって。ほんとうの気持ち、なんにも話してくれないじゃん」

 それがすごく悔しくて、もどかしくて、嫌なんだ。

 波の打ち寄せる音がする。
 遠くにちいさな人影が見えるだけで、わたしたちのまわりに人はいない。
 広い砂浜に、わたしたちはふたりぼっちのような気がした。

「もしかして……羽鳥くんから聞いた? なにか、おれのこと」

 羽鳥くんって、先輩のことだ。
 やっぱり幸野は先輩のことを覚えていた。

 きゅっとくちびるを噛んだわたしの手を、幸野がそっとふりほどいた。
 そしてすこし歩いて、砂浜の上に腰を下ろす。
 幸野は海に目を向け、わずかに口元をゆるめてこう言った。