「え、なに?」
「いや、寒いなぁって思って」

 幸野の体がわたしに寄り添う。
 わたしの心臓がドキッと跳ねる。
 幸野はそんなわたしに寄り添ったまま、ポケットからスマホを取り出すと、手を高く上げてわたしたちの前にかざした。

「写真撮ろ」
「は?」
「ほら、笑いなよ。デートなんだから」

 そんなこと言われて、笑えるわけない。

「池澤さんは姉ちゃんに似て、かわいいんだからさ」
「え……」
「ほら撮れた」

 幸野がわたしに画面を見せる。
 いつの間に? 音聞こえなかったし。
 ちいさなスマホのなかで、笑顔の幸野と、そのとなりで顔をこわばらせているわたしが写っている。

「か、勝手に撮らないでよ!」
「勝手になんか撮ってないじゃん。撮ろって言っただろ?」
「で、でもまだ撮っていいって言ってない!」

 幸野は笑いながら立ち上がると、向かい側に戻りながら言った。

「許可なんかいらねぇんだよ。おれは池澤さんの彼氏なんだから」

 彼氏……なんだかすごく違和感。
 カップルだらけの店のなかで、なんだかわたしたちだけが違って見える。
 わたしたちは、偽物のカップルだ。

「食うもん決まった?」
「あ、まっ、まだ。いまどっちにしようか迷ってて……」

 幸野はおかしそうに笑って、「まぁ、ゆっくり決めなよ」と言いスマホを操作しはじめた。
 わたしは再びメニューを見つめる。
 幸野のスマホから、ピコンッっと、なにかを送信した音が聞こえた。