「んあー、よく寝た!」

 終点で降りると、幸野は両手を上げて大きく伸びをした。

「てか、起こしてくれよー。熟睡しちゃったじゃん」
「だって気持ちよさそうに寝てたから、起こしたらかわいそうだと思って」
「でも重かっただろ? おれ、思いっきり体重かけてたもんな」

 たしかにちょっとだけ困った。
 重いというより、動いたら起こしちゃいそうで、自分の体を動かせなくて。
 だけどそんなのは、ぜんぜんたいしたことじゃない。

「大丈夫」

 わたしがそう答えたら、幸野があきれたように笑った。

「池澤さんはお人よしすぎる」

 そしてわたしの手をそっと握る。
 つながりあった手のひらから、あったかいぬくもりが体の奥まで伝わってくる。

「お詫びに昼飯おごるよ」
「え、いいよ。お金貯めてるんでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。バイト代入ったばかりで、ちょっと金持ちなんだ、おれ」

 いま住んでいる家を出たいと、幸野は言っていた。
 たぶんあの家は幸野にとって、居心地がよくないのだろう。

 わたしだって同じ状況になったら、きっと苦しいと思う。
 お母さんを亡くして、離れて暮らしていたお父さんの家族と暮らすことになって……

『お兄さんが亡くなって、引っ越していった……』

 羽鳥先輩の言葉を思い出す。
 お兄さんが亡くなったって、ほんとうなんだろうか。
 幸野はそこまで話してくれないけど、わたしからそんなことは聞けない。

 なんとなくもやもやした気持ちに包まれながら、人波に流されるように改札を抜け駅舎を出る。
 そしてすこし歩くと、目の前に青い海が広がった。