「大丈夫だよ」

 わたしの前で幸野が笑う。

「明日消えたりしないから。そんな顔するなって」
「あんたのことは……信用できない」

 おかしそうな笑い声を立ててから、幸野はわたしの耳元に顔をよせてささやいた。

「あさっての日曜日、どっか行こう」
「え……」
「十時に歩道橋で待ってる。どこ行くか、決めてきて」

 幸野の体がわたしから離れる。

「じゃおれ、こっち行くから。ここで」

 いつもと違う場所で、幸野が手を振る。

「また日曜日に。池澤莉緒さん」

 そのときわたしはハッと気づいた。

 幸野が何度も何度も繰り返し呼ぶ名前。
 それはわたしの名前。

 歩道の向こうに去っていく、幸野の背中を見送る。
 幸野がわたしの名前を忘れないようにしている理由は……いったいなんなの?