「だからぜったい忘れちゃいけないことは、何度も何度も繰り返し声に出して覚えておく」
「え?」
「ぜったい忘れちゃいけない名前とか」

 忘れちゃいけない名前?

「そんなの……ある?」
「あるだろ? フツー。池澤さんはないの?」
「ないよ。そんなの」

 あははっと幸野がおかしそうに笑う。

「だったらおれの名前を忘れないように、何度も何度も声に出すこと」
「は?」
「おれが明日消えちゃっても、一生忘れないように」

 わたしは思いっきり手を伸ばすと、幸野の腕を強くつかんだ。

「どうしてそんなこと言うの?」

 幸野が不思議そうに、わたしを見る。

「どうしてそんなこと言うのよ!」

 なんだかすごく不安だった。
 こうやって強くつかんでいないと、幸野がほんとうに消えてしまうような気がした。

 ピコンっと電子音が鳴る。
 幸野がポケットからスマホを取り出す。
 そして片手で画面を確認して、わたしに言った。

「バイト先から呼び出された」

 わたしは腕をつかんだまま、幸野を見上げる。

「行かなきゃ」

 幸野の手が、そっとわたしの手に重なる。
 そしてわたしの手をつかみ、自分の腕から引き離した。