「あいつ……幸野だよな?」
「え?」

 顔を上げたわたしの前で、先輩が言う。

「お兄さんが亡くなって、引っ越していった幸野だろ?」

 お兄さんが亡くなった?

「小学生のころ、おんなじサッカークラブだったんだ。ずいぶんチャラくなってたから、最初わかんなかったけど……こっちに戻ってきたんだな」

 知らない。聞いてない。お母さんが亡くなったことしか。

「池澤さん?」

 先輩の声にハッとする。

「え、違った? 幸野悟だよな?」
「は、はい。そうです」

 先輩はにっこりわたしに微笑みかける。

「おれのこと覚えてるか聞いてみてよ。今度また、一緒にサッカーやろうって。あ、でも忘れられてたらショックだから、やめといたほうがいいか」

 冗談っぽく言った先輩と笑いあう。

「じゃあ、また」
「はい」

 先輩は軽く手を上げて、わたしの前から去っていく。

 いいひとだなぁとは思う。
 あんないいひとに告白してもらったわたしは、幸せ者だ。
 もしあかりが先輩のことを好きじゃなかったら……わたしはあの告白を断っていただろうか。

 わからない。そんなの。考えたこともなかった。
 わたしは黙って、遠ざかっていく先輩の背中を見送った。