「そろそろ行こう」

 座ったまま、幸野を見上げる。
 幸野はあきれたような顔で、わたしに笑いかける。

「池澤さんって、意外と頑固なんだな」
「え?」

 もう一度笑った幸野が、わたしに手を差し伸べた。

「行こう。学校に」

 ちくんっと胸が痛んだけれど、わたしは自分の手を幸野の手に重ねる。
 幸野はその手を握りしめ、ぐっとわたしの体を引っ張り上げた。

「大丈夫だよ、おれがいるから」

 立ち上がったわたしは、幸野の手を握り返す。
 そして手をつないだまま、ふたりゆっくりと歩きはじめる。
 こんなふうに歩いている自分が、いまでもまだ不思議だけど……

 だけど今日ここに来てよかった。
 わたしはほんの少し、となりにいるこのひとを、知ることができたから。