「わたしも毎朝、ここに来ようかな……」
「は? 来てどうするんだよ、こんなとこ」

 はははっと笑う幸野のとなりに座る。できるだけ離れて。

「でもあんたは明日も来るんでしょ?」

 この寒いなか、たったひとりで。
 わたしがその顔を見て言ったら、幸野がさりげなく視線をそらした。

「だからって、なんで池澤さんまで来るんだよ」
「だってわたしたち……つきあってるんだよね?」

 幸野が前を見たまま、口をとがらせた。

「……勝手にすれば?」
「うん。勝手にする」

 廃墟のような建物から、荒れた敷地をながめる。
 幸野が住んでいたころ、ここはどんな景色だったのかな。
 わたしはわたしの知らない、小学生だった幸野の姿を想像する。

 サッカーがうまかったって言っていた。
 きっと元気な子だったんだろう。
 この団地にも、まだいろんな家族が住んでいて。
 幸野のほかにも、子どもたちが敷地内を、走り回っていたかもしれない。

 つめたい風が吹き、ぶるっと体が震えた。
 そろそろ小学生が登校してくる時間なのに、なんの音も聞こえてこない。

 ここだけが、世界から切り取られてしまったかのように。
 ほんとうにこの世界が、わたしたちふたりきりになってしまったかのように。

 すると幸野が、ゆっくりと腰を上げてつぶやいた。