人けのない団地の敷地に入る。
 古い建物は朝なのに薄暗く、まわりの草木は伸び放題。
 駐車場があったはずの場所も、雑草が生い茂っている。

 そこでわたしは見つけた。
 建物の階段の一番下に座って、ぼんやりとしている幸野の姿を。

「なに……してるの? こんなところで」

 近づいて声をかけると、幸野はびくっと肩を震わせた。

「え、池澤さん? なんでいるんだよ?」

 わたしは立ち止まり、幸野の顔を見下ろす。
 幸野は驚いた表情で、わたしを見ている。

「毎朝、ここに来てたの?」

 そっと幸野から視線をそらし、わたしはまわりを見まわした。
 つめたい風がびゅっと吹き、枯葉がかさかさと音を立てる。
 壊れかけたフェンスは、いまにも崩れ落ちそうだ。
 幸野はちいさく息を吐くと、観念したようにつぶやいた。

「小学生のころ……ここに住んでたんだ、おれ」
「え……」

 わたしはもう一度、幸野の顔を見る。
 幸野は階段に座ったまま、わたしにふっと笑いかける。

「だから……ちょっと懐かしくて」

 そうか。ここは幸野にとって、思い出の場所だったんだ。
 きっと、亡くなったお母さんと暮らした思い出の……

「ここ、マンションになるんだってな」

 幸野がぽつりとつぶやいた。

「うん……そうみたい」
「そのほうがいいよ。こんなボロい建物、さっさとぶっ壊しちまえばいい」

 本心なのかな、それ。
 大切な思い出の場所がなくなってしまうのは、きっと寂しいはずだ。

 でも幸野はぜったい、それを口にしない。
 いつだって、いい加減なことを言って、ごまかして。
 だけどわたしは、幸野のほんとうの気持ちが知りたい。