「な、なに言ってるの?」
「今度さ、カラオケ行こうよ」
「なんでカラオケなんか……」
「ふたりきりになれるから」
「行かない」
「なんでだよー。おれたちつきあってるんだろー?」

 幸野がけらけら笑いながら歩きだす。
 きっとバカにしているんだ。
 こんなことであたふたしてしまう、わたしのこと。

 いつもの道を、ゆっくりと歩く。
 歩道橋の上で、幸野が立ち止まる。

「そういえばさ」

 立ち止まったわたしの耳に、幸野の声が聞こえる。

「お姉ちゃん、元気?」
「え?」

 思いもよらない言葉に顔を向けると、幸野がちいさく笑って言った。

「池澤莉乃さん」

 なんでお姉ちゃんのことなんか、聞くの?

「げ、元気だけど?」
「それはよかった」

 満足そうに笑った幸野が、わたしから手を離す。

「じゃあ、また明日」

 わたしはぼんやりと幸野の顔を見つめる。

「池澤莉緒さん」

 そう言って軽く手を振ると、幸野は階段を駆け下りた。
 そして自分の家の方向へ向かって、走っていく。
 わたしは歩道橋の上から、その背中を見送る。
 空から差した夕陽に照られて、幸野の背中がオレンジ色に染まっていた。