「仕返ししても……なにもいいことなんてないよ」

 喉の奥から押し出すように、そう言った。

 立ちつくすわたしたちのわきを、たくさんの車が通り過ぎる。
 つめたい風が吹き、わたしのスカートをふわっと揺らした。

「池澤さんは……おれのこと、迷惑だって思ってる?」
「え……」
「余計なことするなって、そう思ってる?」

 わたしはもう一度、首を横に振る。

「ちがうよ。か、感謝はしてる。だってあんたのおかげで、ひどいことはされなくなったし」

 そこで息を吐き、幸野の顔を見上げて言う。

「でもわたしのために……あんたまで傷ついてほしくない」

 わたしの声が、乾いた空気のなかに浮かぶ。
 すると幸野が、ははっと笑った。

「あ、おれのことならご心配なく。ぜんぜん傷ついたりしないから」

 そしてわたしの手を握りなおし、ゆっくりと噛みしめるように言葉を放つ。

「おれはこの世界に、池澤さんさえいればそれでいい」

 教室のなかに響く、あかりたちの笑い声。
 遠くから様子をうかがうような、クラスメイトの視線。
 つめたい世界のなか、わたしは幸野とふたりぼっち。

 一瞬ふわっと、浮き上がるような気分になったあと、わたしはあわてて頭を振った。
 そんな毎日で、いいわけない。