「この前あいつらの前でも言ったじゃん。おれ、池澤さんのこと好きだって。だからだよ」

 幸野はまだわたしを見ている。
 わたしは耐えきれなくなって視線をそらす。

 わからない。わからない。こいつのこと。
 きっとうそだ。またわたしを騙して、からかっているに違いない。

 幸野がわたしの手をぎゅっと握った。
 驚いて顔を上げると、幸野は満足そうな顔でわたしを見下ろしている。

 わたしはすっと目をそらす。
 わたしは幸野から目をそらしてばかりだ。
 この手だって、いますぐ振り払って逃げだしたいのに……だけどわたしはそれができない。
 幸野がそんなわたしの顔を、無理やりのぞきこんでくる。

「つきあってくれる?」

 至近距離でささやかれて、頭がくらくらした。
 だめだって思うのに。間違ってるって思うのに。
 気づけばわたしは、こくんっとちいさくうなずいていた。

 幸野がわたしの前で笑う。すごく嬉しそうに。
 そしてわたしの手を引いて、ゆっくりと歩きだす。

 なんなの、これ。意味わかんない。
 なんでこんなことに、なっちゃったんだろう。

 幸野悟が転校してきて、一か月が経っていた。