「それより池澤さん、風邪ひいてない?」
「え、べつに……」
「よかった。池澤さんに風邪うつしちゃってたら、やべーって思って」

 幸野が調子よく笑う。わたしは顔をしかめて聞く。

「そっちこそ……もう熱は下がったの?」
「おかげさまで。池澤さんがやさしてくれたから、下がったよ」

 幸野は「じゃあ、また」と言って、自分の席に戻っていく。
 どこまでがうそで、どこまでがほんとなんだろう。
 やっぱり幸野悟という男は、よくわからない。

 しかしその日から、あかりたちの嫌がらせはピタリと止まった。
 不思議なくらいなにも起こらない毎日が、おだやかに過ぎていく。
 一日の授業が終わり、放課後になると、今日も幸野がやってくる。

「池澤さん、一緒に帰ろう」

 やっぱりいつものように、胡散臭い笑顔を見せて。