「信じた? いまの話」
「え?」
「なんでも信じちゃうんだよな、池澤さんって。マジで、心配」

 わたしは呆然と幸野の顔を見る。

「う、うそなの?」

 もう一度笑った幸野は、なにも言わずにまた遠くを見た。
 幸野の横顔に、夕陽が当たる。

 また騙された。腹が立つ。
 本心を見せない、この男にも。
 簡単に信じてしまう、自分自身にも。

「ほんとにここでいいから」

 歩きだそうとした幸野の手を、ぎゅっとつかんだ。

「だめ。家まで送る」
「いいよ。ひとりで帰れるって」
「だめ。先生と約束したから」

 幸野があきれたように、ため息をついた。

「じゃあ……一緒に帰ろうか」

 わたしは握った手に、力を込める。
 こうなったらもう、離してやるもんか。
 ぜったい、離してやるもんか。

 わたしたちは並んで階段を下り、いつもとは違う方角へ向かって歩いた。