そのあとは異様な雰囲気のまま、午後の授業がはじまった。
 休み時間、幸野は自分の席に座ったきりで、誰も近づかない。
 わたしはそんな幸野の様子を、横目でそっと見る。

「池澤さん」

 そして放課後になると、幸野がすぐにわたしの席に駆け寄ってきた。

「今日は間に合った。一緒に帰ろう」

 近くの男子がちらちら、わたしたちの様子をうかがっている。
 女の子たちのひそひそ声も聞こえてくる。
 だけど幸野は、そんなものが目にも耳にも入っていないかのように、わたししか見ていない。
 そしてわたしも、じっと幸野の顔を見つめた。

 やっぱり……
 わたしは荷物を持って立ち上がると、幸野の手をつかんだ。
 そしてそのまま廊下へ引っ張りだす。
 教室がざわついたのがわかったけど、もう振り向かない。

「え、なんだよ……池澤さん?」

 さすがに戸惑っている幸野を連れて、階段を下りる。
 廊下を速足で歩き、保健室の前で足を止めた。

「熱あるんでしょ? なんで学校なんて来るのよ!」
「は?」

 わたしは幸野の胸に、無理やりブレザーを押しつける。

「わたしのために、なんでこんなことするの? 意味わかんない」

 押しつけたまま、わたしはうつむいた。
 なんだか悔しくて悔しくて、しかたない。
 幸野はブレザーを受け取ると、そっとわたしの顔をのぞきこんできた。

「池澤さん? もしかして泣いてる?」

 わたしは首を横に何度も振ると、保健室のドアを開け、幸野の体を押し込んだ。

「す、すみません! このひと、熱があるみたいなんです!」
「あらあら」

 首をかしげながら出てきた保健室の先生が、幸野の顔を見る。

「まぁ、ほんとね。顔、赤いわよ。熱計ってみましょうか」
「お、お願いします!」

 幸野の代わりに頭を下げた。
 幸野はただ不思議そうに、わたしのことを見下ろしていた。