「どうしたの? びしょ濡れじゃない! 傘持って行かなかったの?」

 家に帰ったわたしを見て、お母さんが顔をしかめた。

「うん……忘れちゃって……」
「ほんとにあんたって子は……」

 するとめずらしくリビングにいたお姉ちゃんが、スマホの画面から顔を上げてわたしに聞く。

「なにそれ。手に持ってるやつ」
「あ、うん。貸してもらったんだけど、返すの忘れちゃって……」

 気づいたときにはもう、幸野の姿は見えなくなっていたんだ。

「あらあら、それ制服? 大変!」
「男子のじゃない?」

 お姉ちゃんが目ざとく聞いてくる。

「まさか。莉緒が男の子にそんなもの借りるわけないでしょ?」
「えー、でもそれ男子のだよね? だれだれ? 彼氏?」
「ち、ちがうよ」
「今朝もなんだか変だったし。怪しくない?」

 お姉ちゃんがにやっと笑う。

「なに言ってるの。莉緒に彼氏なんかいるわけないでしょ。莉乃とは違うんだから。ほら、それ貸して。早く乾かさなきゃ。あんたの制服もさっさと脱いで。まったくもう、だから傘持っていけって言ったのに」

 お母さんがせわしなく、幸野のブレザーをわたしの手から取り上げる。
 わたしはお母さんにとって、ほんとうに出来の悪い子なんだ。

「莉ー緒!」

 ぼうっと突っ立ったままのわたしにお姉ちゃんが言う。

「ケーキあるよ。一緒に食べよ!」

 ケーキの箱を見せるお姉ちゃんの前で、わたしは無理やり笑顔を作った。