「いた!」

 その声と同時に、突然肩をつかまれた。
 驚いて振り返ると、はあはあと息を切らしながらわたしを見ている幸野がそこにいた。

「早いって……池澤さん……」

 幸野はめちゃくちゃ息を切らしている。
 もしかして全速力で走ってきたとか? うそでしょ?

「どうしたんだよ? なんかあった?」
「え……」

 わたしは幸野の顔を見る。
 長めの前髪から、雨のしずくがつうっと落ちる。

「気づいたらもう教室にいなくて……全力で追いかけたのに全然いないし。駅にも、ホームにも……」

 幸野がわたしの肩をつかんだまま、うつむいて息を大きく吐く。

「でも……間に合ってよかった……」
「……なにが?」

 幸野は深呼吸するように息を整えてから、わたしの顔をもう一度見る。

「池澤さんが、死んだら困る」
「死なないよ……わたしは」

 そう言ったわたしの顔を、幸野が強い視線で見つめる。

「死なないって……言ってるでしょ?」

 ふっと肩をつかんだ手がゆるむ。
 そして力が抜けたように、幸野がその場にしゃがみこんだ。

「心配……させるなよ……」

 うつむいた幸野がくしゃくしゃと濡れた髪を掻く。
 わたしはそんな幸野を見下ろしてつぶやく。

「そっちが勝手に心配してるだけじゃん。わたしはべつにあんたに心配してほしいなんて……」
「あー、もう、いい!」

 立ち上がった幸野がわたしの手を握りしめる。
 雨に濡れた幸野の手は、ひんやりとつめたい。