「池澤さん?」

 わたしの頬を、あったかいものが流れ落ちる。

「なんで……泣いてんの?」

 わたしは思いっきり首を横に振り、幸野に背中を向けて歩きだす。

「ちょっ、待てよ! 池澤さん!」

 幸野があわてた様子で追いかけてくる。
 わたしは足を速める。

 ムカつく。ほんとに。うそばっかりついて。
 わたしのことからかって。バカにして。

「池澤さん!」

 それなのにわたしは、ホッとしている。
 幸野が怪我したんじゃなくてよかったって、つらい想いをしたんじゃなくてよかったって……ホッとしたんだ。
 勝手に涙が、あふれるほどに。

「池澤さんってば!」

 通用門から出たところで、幸野に腕をつかまれた。
 わたしはうつむいたまま、立ち止まる。

「ごめん。怒った?」

 怒ってるよ、わたしは。
 あんたにはじめて会ったときから、ずっと。

 向かい合った幸野が困ったように、くしゃっと明るい髪を掻く。
 片手でわたしの腕をつかんだまま。

「あのさ……」

 黙っているわたしの耳に、幸野の声が聞こえる。

「つきあわない? おれたち」

 わたしはゆっくりと顔を上げる。
 すると目の前に立つ幸野が、まっすぐわたしを見つめて言った。

「つきあおうよ」

 体中がかあっと熱くなって、どうしようもない想いが口元からあふれた。

「つきあうわけないでしょ!」

 力任せに、幸野の手を振り払う。
 そして背中を向けて、走りだす。

「池澤さん!」

 幸野の声が、わたしを呼ぶ。

「また明日も会おうな。池澤莉緒さん!」

 もっと涙があふれそうになって、それを振り払うように、家まで走った。