「死んじゃったのかもな」

 背中に幸野の声が聞こえる。
 わたしは胸の前で、ぎゅっと手を握る。

「でもさ、きっとウサギは幸せだったと思うよ?」

 幸野がわたしの後ろで言った。

「池澤さんに世話してもらって、かわいがってもらってさ。ウサギなりに楽しい想い、してたんじゃないの?」

 鼻の奥が、つんっとした。
 そのあと胸の奥が、じいんっと熱くなる。

「……そうかな」
「そうだよ」

 ゆっくりと振り返る。
 幸野がわたしを見て、ちいさく微笑む。

「ほんとうにかわいそうなのは、楽しい想いを知らずに死んでいくことだよ」
「楽しい想いを……知らずに?」

 わたしの前で、幸野がうなずく。

「それって……どういう……」
「いま死ぬのはもったいないってこと。この先、楽しいことがたくさん起きるよ。池澤さんにも……たぶん、おれにも」

 最後のほうは、消えそうな声だった。

 わたしは黙って、幸野の顔を見つめる。
 幸野はまたすこし笑って、わたしから視線をそらした。

 夕暮れの風が、わたしと幸野の間を通り過ぎる。
 飼育小屋の上の木が、はらはらと枯葉を落とす。
 校庭のほうからは、子どもたちの声が聞こえてくる。

「なぁ、校庭行ってみない?」
「え?」

 幸野がわたしの手をつかむ。

「行ってみようよ」
「あっ、ちょっと……」

 わたしの返事も聞かずに、幸野が走り出す。
 わたしの手を引っ張って。