「池澤さん」

 昇降口を出ると、いつものように幸野に声をかけられる。

「一緒に帰ろう」

 振り返るとやっぱり幸野の笑顔が見えて、だけどわたしはなにも言えずに、ただ黙って歩きだす。

 幸野は今日も、わたしに話しかけることなく、ただわたしのあとをついてくる。
 いつものように電車に乗って、いつものように帰り道を歩いて、いつものように歩道橋の真ん中で立ち止まる。

「じゃあ」

 幸野が口を開く。
 だけど今日はわたしがそれをさえぎる。

「あ、えっとこのあと……」

 言いかけて口をつぐむ。
 なにを言おうとしてるんだろう、わたし。
 おかしい。変だ。どうかしてる。

「や、やっぱりなんでもない。今日、バイトなんでしょ?」
「もしかしてさっきの話、聞いてた?」

 幸野がにやっと笑ってわたしを見る。
 わたしの顔がかあっと熱くなる。

「き、聞こえてきちゃったんだよ。あんたの声、大きいから」
「ああ、そう? でもあれ、うそだから」
「え?」

 さらっと言った幸野が、わたしの前で笑っている。

「バイトなんかないよ、ほんとは」

 うそ、ついたんだ。あかりに。

「だからさ。どっか行こうか?」

 わたしはもう一度「え?」とつぶやく。

「そう言おうとしてたんじゃないの?」
「ま、まさか! そんなわけないでしょ!」

 幸野がおかしそうに笑っている。
 なんか、腹立つ。すごく。

「どこ行こうか? このへん遊ぶとこないしなぁ」

 歩道橋の上からあたりを見まわした幸野が、「あっ、そうだ」と声を上げる。

「あそこ行こう」
「あ、あそこって?」

 幸野がわたしの手をぎゅっと握った。
 思いもよらなかった行動に、わたしの体がびくんっと震える。

「いいからついてきなって」

 余裕の顔でそう言って、幸野はわたしを引いて歩きだした。