それからも幸野は、教室であかりたちに囲まれていた。
 わたしはひとりで席につき、文庫本を見つめている。
 文庫本のページは、何日経ってもちっとも進まない。

「この前のカラオケ楽しかったねぇ」
「悟、意外と歌うまかったし」
「は? 意外とってなんだよ」

 みんなのなかで笑っている幸野の声は、もう覚えてしまった。
 覚えたくなんて、なかったのに。

「ね、今日も行く? カラオケ」

 あかりの張りきった声が聞こえてくる。
 みんなが口々に「行く」と答える。
 あかりに歯向かうひとなんて、いるわけがない。

「悟も行くでしょ?」
「あー、今日は無理」

 幸野が答えた。

「バイトあっから」
「あ、そうなんだ」

 あかりのがっかりした顔も、目に浮かぶ。

「じゃあ、また今度行こうよ」
「そんなに俺の美声、聞きたい?」
「そんなんじゃないってばー」

 甲高いあかりの笑い声。
 耳をふさぎたくなるほど嫌いだったはずなのに、最近は聞き耳を立ててしまう。
 あかりの笑い声の隙間に聞こえる、幸野の声を探しているからだ。