「悪いところなんかないって」

 幸野がわたしに言う。

「きっとあかりは池澤さんに、ずっと自分より劣っていてほしかったんだよ。ずっと自分の言うことを聞いていてほしかったんだよ。あいつはそういう人間しか、自分のまわりに置かない」

 わたしはきゅっとくちびるを噛む。

「それにどんな理由があっても、いじめる側が百パー悪い。池澤さんは、なんにも悪くないんだよ」

 涙が出そうだった。

 あかりの指示で、いままで仲が良かった女の子たちも、わたしから離れていって。
 上履きを隠されたり、教科書に落書きをされたり、制服を汚されたり……
 ほんとうに低レベルでくだらないことを、たくさんされた。

 でもそんなこと、誰にも話せなくて。
 明日が来るのが、すごく怖かった。

「池澤さん」

 わたしのとなりに幸野が並んだ。

「もう大丈夫だよ。おれが来たから」

 わたしはそっととなりを見る。
 幸野がわたしを見つめている。

「おれが……池澤さんを、守ってあげるから」

 じんわりと目の奥が熱くなって、目の前の幸野の顔がぼやけてしまう。
 幸野はそんなわたしを見つめたまま、明るく笑う。

「なーんて。ちょっとカッコつけすぎか」
「うん……すごく……胡散臭い」
「ははっ。それひどすぎ」

 幸野の笑い声が耳元で響く。
 わたしはぐすっと洟をすすって、また前をながめる。

 まっすぐ続く道路。
 明るく光るライト。
 ぼんやり灯る赤信号。
 走る車の騒音。

 なんでわたしは、こんなところにいるんだろう。
 なんでわたしのとなりに、このひとがいるんだろう。
 ぜんぜんわかんないけど……