「な、なにやってんの?」

 声をかけると、制服姿の幸野が振り向いた。
 真っ白い息を吐きながら。

「池澤さん?」
「なにやってんのよ、こんなところで」

 空はもう真っ暗だ。つめたい風が吹いている。
 幸野はコートを着ていなかった。
 わたしの前で、幸野はふっと笑って言う。

「池澤さんこそ」
「わ、わたしは買い物。お母さんに、お醤油買ってきてって頼まれて……」
「おれはカラオケの帰り。歌いすぎて喉枯れた」

 幸野が顔を上げ、夜空に向かって「あー、あー」と声を出す。

「池澤さんにもおれの美声、聞かせてやりたかったなぁ」

 わたしは顔をしかめる。べつに聞きたくないし。

「来ればよかったのに。池澤さんも」
「行くわけない。誘われてないし」
「じゃあ、あかりんに誘われたら行く?」

 わたしはにらむように、幸野の顔を見上げる。

「行かない」

 幸野があははっとおかしそうに笑った。
 なにがおかしいのよ。ムカつく。

「どうせわたしの悪口言ってたんでしょ、あかりたち」

 幸野から顔をそむけて言った。
 歩道橋の下を走る、車のヘッドライトの列が見える。
 遠くの交差点では、信号が赤く灯っている。

「言ってないよ」
「うそ。ぜったい言ってる」

 幸野があきらめたように、すこし笑った。

「うん、そうだな。言ってた。あかりが莉緒に、好きなひと取られたって。ほんとなのかよ? それ」

 わたしは歩道橋の下を見下ろしながら、首を横に振る。