「ちょっと莉緒ー」

 夕方、リビングでぼんやりテレビを見ていたら、夕食の支度をしているお母さんが言った。

「スーパーでお醤油買ってきてくれない? 買うの忘れちゃって」
「えー、やだよ、寒いもん」

 わたしはソファーの上でブランケットをかぶり、背中をまるめた。
 外はもう暗くなっていて、つめたい風が窓ガラスをカタカタと揺らしている。
 いまから外へ出かけるなんて、冗談じゃない。

「なに言ってるの、暇なんでしょ。そこでぼうっとしてるだけなんだから。ほら、早く!」

 お母さんにマフラーとダウンジャケットを渡され、無理やりお金も持たされ、外に出される。

「もう……なんでわたしが……」

 たしかにわたしは暇だけど……

 お姉ちゃんみたいに、遊びやバイトに忙しいわけじゃない。
 部活もやってないし、勉強もしていない。
 かといって、家のこともなにもしない。

 ほんとうにしょうもない人間。
 自分で自分が嫌になる。

 ちいさくため息をつき、ジャケットを羽織って、マフラーを巻く。
 そして暗くなった住宅街を、国道沿いのスーパーに向かって歩く。

 狭い道から国道へ出ると、ライトをつけた車が行き交い、店の灯りが並んでいる。
 都心から一時間ちょっと。
 田舎でもなく、都会でもない、中途半端なこの町。

 わたしはこれからもずっと、こんなふうにぼんやりと、ここで暮らしていくのかなぁ、なんて考える。
 こんなふうに、中途半端に。
 楽しいことも、見つけられずに。

 そのとき歩道橋の上に、人影が見えた。
 手すりに手をかけ、ひとりで遠くを見つめている。
 あれは……
 気づいたらわたしは歩道橋の階段を、勢いよく駆け上がっていた。