「それ、西城高校の制服だよな? おれも明日からそこ通うんだよね」
「え……」
「もしかしたら、また会うかもな」

 戸惑うわたしにかまわず、男はしゃべり続ける。

「おれ、幸野(こうの)(さとる)。あんたは?」

 わたしは顔をしかめた。
 なんなの? このひと。馴れ馴れしい。
 道を聞かれただけのひとに、なんでわたしの名前を教えなきゃならないの?
 わたしがまた黙り込んだら、幸野悟という男が声を立てて笑った。

「あ、ごめん、ごめん。べつに俺、怪しいものじゃないよ。同じ学校ならお礼がしたくて」
「……いりません。お礼なんか」
「あ、そう?」

 そう言ってへらっと笑ったあと、幸野は真顔でわたしを見た。
 まっすぐすぎる視線が、針のように突き刺さる。
 わたしはすっと顔をそむけ、左の階段に向かって歩きだす。

「ありがとな!」

 無視して進むわたしに、幸野が叫ぶ。

「また明日! 池澤(いけざわ)莉緒(りお)さん!」
「え?」

 振り向いたわたしを見て、満足そうに笑いかけ、幸野は反対側の階段から下りていく。
 どうして? どうしてわたしの名前を知ってるの?

 ぞくっと背筋が冷えた。寒気がして、両手で自分の腕をさする。
 気持ち悪い……変なひと。
 わたしは首のマフラーを巻きなおし、逃げるように階段を駆け下りる。

『また明日!』

 さっきの声が、耳に響く。

 明日なんか、来なくていいのに……
 今日ですべてが終わるはずだったのに……