「池澤さん!」

 放課後、昇降口を出ようとしたわたしに声がかかる。
 幸野悟だ。

 転校してきた日からずっと、幸野はわたしと一緒に帰ろうとする。
 あかりも男子も部活に行ってしまうから、部活をやっていない幸野は、わたしくらいしか話し相手がいないのかもしれない。

「待てよ! あいかわらずはえーなぁ」

 それはあんたと関わらないようにするため。
 どうして気づかないの?

 わたしはちらっと、底辺高らしく着崩した幸野の制服を見てから、無視して歩きだす。
 靴を履き替えた幸野は、走ってわたしを追いかけてくる。

「少しくらい、待っててくれたっていいだろ?」
「……わたし、あんたと帰るなんて、ひと言も言ってないし」

 幸野があははっと笑う。

「まだ信用してくれないの? おれのこと」
「信用するとかしないとか、そういうんじゃなくて、わたしはあんたと帰りたくないってこと!」

 一気に言ったら、幸野がぽかんとした顔をした。
 それからにっと笑って、わたしに言う。

「なんだ、ちゃんと自分の気持ち言えるんじゃん。言いたいことはそうやって言ったほうがいいよ」

 なんなの?
 わたしのこと、なんでもわかったような口調で……ムカつく。

 わたしはふいっと顔をそむけ、駅に向かって歩きだす。
 そのすこし後ろを、幸野が黙ってついてくる。
 電車のなかも、歩きながらも、今日も幸野は話しかけてこない。
 そしていつもの歩道橋までくると、わたしに言うんだ。

「じゃあ、また明日。池澤莉緒さん」

 明日……また明日も、わたしは幸野と会う。
 あの学校の、あの教室で。
 わたしは幸野に会う。

 幸野が、階段を駆け下りていく。
 わたしは歩道橋の手すりにつかまり、歩道を見下ろす。

 ほのかにピンク色に染まった空の下、わたしの家とは反対の方向へ、まっすぐ走っていく幸野の背中が見えた。