電車に乗って、最寄りの駅で降りた。
 さっき見たスマホには、友だちからのメッセージが入っていた。
 登校したあと、すぐにいなくなったわたしを心配してくれたのだ。
 わたしは「ごめんね」と返事を返し、「明日ちゃんと話すね」と続けた。

「ここでいいよ」

 歩道橋の真ん中で立ち止まり、幸野がつないでいた手を離した。
 遠くの空が、ほんのりピンク色に染まっている。

「い、家まで送る」

 わたしの声に、幸野がはははっと、明るく笑う。

「大丈夫だって。池澤さん、心配しすぎ。ちゃんと家に帰れるから」

 遠足の日を思い出し、わたしの胸がちくんっと痛む。
 そしてもう一度、幸野の手をとる。

「ほんとうに……大丈夫?」
「大丈夫だよ」

 幸野がまっすぐわたしを見て言った。

「今日はもう……『あの日』じゃないんだから」

 幸野の手が、わたしから離れる。
 そしてその手を、わたしに向かって大きく振った。

「じゃあ、また明日。池澤莉緒さん」

 わたしもまっすぐ幸野の顔を見て、大きくうなずいて言った。

「また明日。幸野悟くん」

 そうだ。わたしにはまた「明日」が来る。
 そして目の前にいる幸野にも、「明日」は来るんだ。
 あんなに来てほしくなかった「明日」を、わたしはこんなにも心待ちにしている。

 幸野はわたしに笑顔を見せて、階段を駆け下りていく。
 わたしは歩道橋の手すりに手をかけて、歩道を見下ろす。

 家に向かって駆けていく幸野が、振り返って手を振った。
 わたしもそんな幸野に向かって、大きく手を振る。

「明日もまた、会おうね」

 明日、わたしたちに、楽しいことがたくさんありますように。

 わたしの髪を揺らすやさしい風は、春の甘い匂いがした。