「それにわたしも、あんたがいないと楽しくない。楽しいことなんかなんにも起きない。でもあんたがいれば……これから楽しいことが、きっとある。きっと、たくさんある」

 幸野の手をぎゅっと握りしめて言う。

「だからわたしと一緒にいてよ。わたしのそばに……いてほしい」

 幸野がわたしの前でくちびるを噛んだ。
 そして静かにつぶやく。

「なんで……おれなんだよ」

 その声はかすれていた。

「おれなんかやめろよ。ほかに男はたくさんいるだろ? 羽鳥くんみたいないいひとにも、告られたんだろ? なに考えてんだよ。あんたはほんとうにバカだ」
「うん」

 わたしはうなずく。

「わたしは……ほんとうにバカだね」

 どうしようもない想いが、涙と一緒にあふれる。
 幸野の前で笑ったはずなのに、わたしはいつのまにか、泣いていた。

 わたしの頭のなかに、たくさんのひとの顔が浮かぶ。
 お姉ちゃんの顔。あかりの顔。お母さんとお父さんの顔。見たことのない幸野のお兄さんやお母さんの顔。
 そのひとたちの声や想いがぐちゃぐちゃに混じりあって、わたしのなかに波のように押し寄せる。

 わたしは間違っているかもしれない。
 正解なんてわからない。
 でもやっぱりわたしは……幸野じゃなくちゃ、だめなんだ。

 幸野はそんなわたしをじっと見ていた。
 ただ黙ってじっと見て、やがてその手をそっと伸ばす。