「わぁ……」

 目の前に広がった青い海を見て、思わず声がもれる。
 幸野はそんなわたしのとなりでため息をつき、やっと言葉を吐いた。

「で、どうしたいんだよ?」
「え?」
「あの日をやり直して、おれに仕返しでもするつもりか?」

 となりを見ると、幸野がふてくされた表情で、くしゃくしゃと黒い髪を掻いた。
 わたしはその顔を見つめながら、首を横に振る。

「ちがうよ。やり直したいのは、その日じゃない」

 幸野が不思議そうにわたしを見下ろす。

「わたしがやり直したいのは、四年生の遠足だよ」
「四年生の……?」

 わたしは幸野の前でうなずいた。
 そして通学バッグのなかに手を入れる。

「ほら、見て。わたし、お弁当作ってきたの。レジャーシートもあるよ?」

 バッグのなかから、お弁当を取り出すと、幸野は顔をしかめた。

「なんのつもり?」

 わたしは手をおろし、静かにつぶやく。

「今日、お兄さんの亡くなった日だよね」

 幸野がひゅっと息をのむ。
 四年生だったわたしたちが遠足に行って……家に帰った幸野が見たのは、もう亡くなってしまったお兄さんだった。

「あんたはまだ……あの日で止まったままなんだよね?」

 幸野はお姉ちゃんに言っていた。
 あの日のことは、昔のことなんかじゃない。
 ついさっきの出来事みたいだって。

「でもそれじゃ、だめなんだよ。このままじゃ、あんたに楽しいことがきっとこない」

 わたしは手を伸ばし、幸野の制服をぎゅっとつかむ。

「だってあんたが言ったんだよ。これからわたしにもあんたにも、楽しいことがきっと起きるって」

 幸野がわたしの手を振り払おうとする。
 でもわたしはその手を上からつかんだ。