朝のにぎやかな廊下を駆け抜ける。

「あ、おはよう、莉緒」
「どうしたの? そんなに急いで……」
「お、おはようっ! またあとで!」

 ぽかんとしている女の子たちを追い抜いて、わたしはとなりのクラスに飛びこんだ。

「幸野っ!」

 大きな声でその名前を呼び、幸野の席の前に立つ。
 ぼんやり外をながめていた幸野は、わたしに気づき、驚いた顔をする。

「お願い。一緒に来て」
「え?」

 わたしは幸野の腕をつかむ。
 幸野がびくっと肩を震わせ、すぐにそれを振り払う。

「なに言ってんだよ。もうすぐ授業はじまるぞ? 自分の教室に帰れ」

 幸野がわたしから目をそらす。
 わたしは幸野の机の前で、その姿を見下ろす。

 楽しそうに笑いあっている、生徒たちの声。
 窓から差し込む、明るくてあたたかな日差し。
 にぎやかな教室のなか、この席だけが止まっている。
 幸野だけが、いつまでもずっと、止まったままなんだ。

「もう一度、海に行きたいの」

 わたしは幸野に向かって、言葉を吐いた。

「海?」

 顔をしかめた幸野の前で、わたしは強くうなずく。

「もう一度、あの日をやり直したいの」

 わたしはふたたび、幸野の手を取った。

「意味……わかんねぇ……」
「わかんなくてもいいよ。とにかく一緒に来て」

 幸野のバッグを肩にかけ、その手を引っ張り立ち上がらせる。
 近くの席にいた生徒たちが、わたしたちのことを不思議そうに見ている。
 そんななか、わたしは幸野を連れて教室を出る。

「ほんと……意味わかんねぇよ、あんた……」

 幸野はもう一度ぼそっと言ったけど、わたしの手を振り払おうとはしなかった。