毎朝、つめたい風の吹くなか、古い団地の階段に、幸野はぼんやりと座っていた。
 だけどあいつは言っていた。
 ここにいても、お兄さんには会えないって。
 わたしはお弁当の入ったバッグをぎゅっと抱えこむ。

 幸野はずっと、お兄さんを探してる。
 いまもずっと、探してる。
 でもね幸野、お兄さんには、もう会えないんだよ。

 この世界は変わらない。
 だからわたしたちは、お兄さんのいないこの世界で、生きなくちゃいけない。
 いつまでもあの日に立ち止まったままじゃ、だめなんだよ。

 わたしは顔を上にあげる。
 真っ青な空が頭の上に広がっている。
 そして昨日、お姉ちゃんに言われた言葉を思い出す。

『莉緒は莉緒の好きなように生きてね』

 うん、お姉ちゃん。そうさせてもらうよ。
 どうあがいても、もがいても、この世界で生きるしかないんだったら、わたしはここで幸せになりたい。

 きっと、幸せになってもいいはずだ。
 わたしも、あいつも。