体育館で体育の授業を終え、わたしはひとりで渡り廊下を歩く。
 次はお弁当の時間だ。
 更衣室にはあかりたちがいるから、できるだけゆっくりいこうと思っていた。

 すると渡り廊下の端に、ジャージ姿の男が立っていた。
 幸野だ。
 わたしはうつむいて、その場を通り過ぎようとする。
 しかし幸野は、そんなわたしに声をかけてきた。

「姉ちゃん、元気?」

 ハッと顔を上げて幸野を見る。
 幸野は冷めた目でわたしを見ている。
 胸の奥がざわざわと音を立て、わたしは両手をぎゅっと握りしめた。

「ま、元気なわけねぇよな。病院通ってるんだって?」
「え?」

 立ち止まったわたしに幸野が言う。

「昨日、あんたの両親と一緒にうちに来たらしいよ。過去のことを謝りに。いまさらそんなことされても、うちの父親『は?』って感じだったみたいだけど」

 幸野はジャージのポケットに手をつっこんで、足元を払う。

「ていうか、そういうのは母さんが生きているうちにしてほしかった」

 わたしはうつむいて、のどの奥から声を押しだす。

「ごめ……」
「だからおれは、あんたに謝ってほしいなんて言ってねーだろ!」

 顔を上げると、幸野はイライラした表情で、自分の髪をくしゃくしゃとかきまわした。

「とにかくこれでぜんぶ終わり。もうおれにつきまとうな」

 幸野が背中を向けて去っていく。
 わたしはその場に立ちつくし、ただ呆然とその背中を見送った。