どのくらいそこにいただろう。
 あたりが暗くなってきたころ、わたしのそばで誰かが立ち止まった。
 手すりにうずめていた顔を静かに上げると、そこに制服姿の幸野が立っていた。

「なんで……」

 かすかにつぶやいた幸野は、ぎゅっとくちびるを結んで、わたしの後ろを通り過ぎる。
 なにも言わないまま。

 幸野が階段を下りていく。
 わたしはその背中を見送る。

『じゃあまた明日。池澤莉緒さん』

 その言葉を、もう幸野はわたしに言ってくれない。
 歩道をひとりで歩いていく幸野の背中は、なぜだかすごく儚く見えた。