「幸野……」

 人けのない、廃墟のような団地の階段の下に、幸野がぼんやりと座っていた。
 わたしがゆっくりと近づくと、一瞬驚いた顔をしてから、すぐにあの擦れた笑顔を見せる。

「なにしに来たんだよ」

 わたしは幸野の前で立ち止まる。
 幸野はあきれたような表情で、わたしを見上げた。

「あんなことされたのに、なんでおれのとこ来るわけ? もしかしてまだ、実は幸野くんっていいひとかも、なんて思っちゃってる? んなわけ、ねーだろ。あ、それとも、姉ちゃんの代わりに謝りにきたとか?」

 ははっと乾いた笑い声があたりに響く。
 つめたい風が吹き、かさかさと地面に散った落ち葉をさらっていく。
 わたしが黙っていたら、幸野がちょっと顔をしかめて言った。

「おまえさぁ、小学生のころから、なんも変わってねぇよな?」

 わたしはぎゅっと両手を握る。

「嫌なことされても、文句ひとつ言えないで。あかりが飼育係のやつらに命令して、おまえひとりに仕事させてたことも、知らないんだろ?」

 幸野がわたしをにらみつける。

「あかりは最初から、おまえなんか友だちだと思ってねぇんだよ。おまえが自分の引き立て役になってくれるから、そばに置いときたいだけだったんだよ。テニス部に誘ったのも、自分よりおまえが下手くそだから。羽鳥くんのとこに連れていったのも、自分よりおまえが地味だから。なのに引き立て役のほうが羽鳥くんに告られて、それでムカついて、もういらねーって切り捨てただけ。それを自分にも悪いところがあるとか言ってるおまえは、お人よしっつーか、もうほんと救いようのないバカ」

 幸野は一気にそこまで言うと、疲れたように大きく息を吐いた。

「見てて……すっげー腹が立つ」

 幸野がわたしから顔をそむけた。
 わたしは静かに足を動かし、幸野のいる階段に座った。
 すこしの距離をあけて。