授業が終わると、ひとりで教室を出た。
 ぺたぺたと靴下の足で廊下を歩き、昇降口へ向かう。
 明日は家からスリッパを持ってこようと、心のなかで決める。

 音楽室のほうから、吹奏楽部の楽器の音が聞こえてきた。
 窓の外を見れば、運動部が掛け声を上げている。
 ラケットを振るテニス部のなかに、あかりの姿がちらりと見えて、わたしは急いで靴を履く。
 そのとき背中に、わたしを呼ぶ声がした。

「池澤さん!」

 振り向くと、幸野がわたしに駆け寄ってくるのが見えた。
 なんで? なんでわたしのところなんかに?
 わたしは眉をひそめて、足を止める。

「一緒に帰ろう」

 幸野はそれだけ言うと、靴に履き替え、すたすたと歩きだす。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 いま出せる、最大の声を出して呼び止めた。
 幸野は不思議そうな顔で振り返る。

「な、なんでわたしがあんたと一緒に帰らなきゃいけないの?」
「は?」
「だ、だから! あんたと帰るなんて、ひと言も言ってない!」

 背の高い幸野が、あきれたようにわたしを見下ろす。

「先生に言われただろ? この町のこととか、おれに教えてやれって」

 それは……たしかに言われたけれど。

「また昨日みたいに迷うの嫌だからさ。池澤さんに一緒に帰ってもらおうかと思って。あの歩道橋の近くなんだろ? 池澤さんち。おれもだし」
「だ、だったら、あかりに……」

 言いかけて口を閉じた。
 そうだ。あかりは部活をやっているんだ。
 幸野はふっとわたしに笑いかけると、前を向いてつぶやいた。