「あの子、毎朝サッカー部の朝練があるからって、六時ごろ家を出ていくんだけど……部活なんてやってないわよね?」
「え……」

 思わず振り返ってしまったわたしに、奥さんが続ける。

「放課後もバイトがあるからって夜遅くまで帰ってこないし……やっぱりこの家には居づらいのかもしれないわね……」

 わたしは黙ってその場に立ちつくす。
 そして幸野が毎朝、団地の階段に座って、ぼんやりしている姿を思い出す。
 幸野は家のひとにうそをついて、毎朝家を出ていたんだ。

 家の奥から赤ちゃんの泣き声がした。
 奥さんはあわてた様子でわたしに言う。

「あ、ごめんなさいね。こんな話」
「いえ……」
「どこにいるのかしら……悟くん……」

 赤ちゃんの泣き声を聞きながら、くちびるを噛む。
 どこにいるの? 幸野。
 わたしはあんたのことを、もっと知りたい。