「だ、だったら、殺せば?」

 わたしの手を振り払うようにして、お姉ちゃんがふらりと立ち上がる。
 そして幸野の前に近づいて、大声を上げた。

「あたしにも匠と同じ痛みを与えれば? そうしたいんでしょ! そうしてよ! 莉緒じゃなく、直接あたしに……あたしを殺しなよ!」

 お姉ちゃんが幸野の胸元をつかんだ。
 そしてそれを力任せに揺さぶる。

「あたしを……殺しなよ! 殺してよ! いますぐ、ここで!」
「お姉ちゃん! やめて!」

 わたしはふたりの間に入り、体を張ってお姉ちゃんを止めた。
 幸野はなにも手を出さない。
 ただじっと、虚ろな瞳で、お姉ちゃんの姿を見下ろしているだけだ。

「お姉ちゃん!」

 抱きかかえたお姉ちゃんが、振り絞るように声をだす。

「苦しいの……死にたい……」

 わたしの腕のなかで、お姉ちゃんが崩れ落ちる。
 わたしはお姉ちゃんの体を、必死に支える。

 知らなかった。わたしはなにも。
 お姉ちゃんがした事実も。
 お姉ちゃんが抱えていた想いも。
 わたしはずっと、なにも知らずに生きていた。

『ほんとうに知ってたよ、池澤さんのことは』

 でも幸野は小学生のころから、お姉ちゃんとその妹のわたしを憎んでいて……

 すると幸野がわたしたちの前で静かに笑った。

「だったら殺すの、やめときます」

 わたしはお姉ちゃんを抱きかかえながら、幸野の顔を見上げる。

「死にたいやつを殺したら、そいつの望みどおりになるだけだから。だからあんたには生きてもらいます」

 幸野はお姉ちゃんに向かって、吐き捨てるように言った。

「一生苦しみながら、生きればいい」

 わたしは黙って幸野を見つめる。
 幸野の視線がわたしに移る。
 一瞬だけ目が合ったあと、幸野は背中を向けて、わたしの家から出ていった。