「あ、あんた……なにしに来たのよ?」

 お姉ちゃんの声が、ひどく震えている。
 わたしはお姉ちゃんの後ろから、幸野の姿を見つめる。
 幸野はふっと擦れたように笑って、ひとりごとのようにつぶやいた。

「お姉ちゃん、いたんだ」

 そして持っていたわたしのバッグを、お姉ちゃんに押しつける。

「池澤さんが荷物も持たずに帰っちゃったから、持ってきてあげました」

 お姉ちゃんの背中が震えている。

「あと、池澤さんを傷つけちゃったみたいなんで、謝りに」

 幸野はそう言って、お姉ちゃんの向こうから顔を出す。
 幸野の視線が、まっすぐわたしに刺さる。

「池澤さん、ごめん。ほんとはおれ、池澤さんのことなんか、これっぽっちも好きじゃないんだよ。なのにキスとかして、その気にさせちゃって、ごめんな?」

 幸野がわたしに笑いかける。
 すると抱えていたわたしのバッグで、お姉ちゃんが幸野の体を殴りつけた。

「あんた! 幸野匠の弟なんでしょ! それであたしのこと恨んで……仕返ししたくて……莉緒があたしの妹だって知ってて、近づいたんでしょ!」

 わたしは呆然とその声を聞く。
 弟。仕返し。幸野がお兄さんの代わりに、仕返しをしたかったひとって……
 そんな……どうして?

 幸野はお姉ちゃんに顔を向けて、うっすらと笑って答える。