家にお母さんはいなかった。だけどお姉ちゃんがいた。
 突然帰ってきたわたしを見て、お姉ちゃんは眉をひそめる。

「莉緒? 学校行ったんじゃなかったの?」

 お姉ちゃんはまだ青白い顔をしていた。
 昨日から変わっていない。
 そしてわたしは昨日、お姉ちゃんに言われた言葉を思い出す。

『あんなやつとつきあうのやめな!』

 そうだね。お姉ちゃんが言ったことは正しかった。
 わたし、幸野に騙されてたみたい。
 あんな男に誘われて、浮かれて、バカみたいだった。
 それがわかったのに……だけど、わたしは――

「どうしたのよ? なにかあったの?」

 呆然と立ちつくすわたしに、お姉ちゃんが駆け寄ってくる。
 わたしは黙ったまま、首を横に振る。

「……なんでもない」
「なんでもないわけないじゃん! なにがあっても学校だけはサボらなかったあんたが……」

 お姉ちゃんはそこまで言うと、ハッとなにかに気づいたように顔色を変えた。

「もしかしてあいつ?」

 お姉ちゃんの声が震えている。

「幸野悟。あいつになにかされた?」

 わたしはなにも言えない。
 またあふれそうになる涙を、こらえるのが精いっぱいだ。

 お姉ちゃんがわたしの前で、くちびるを噛みしめる。
 そのときインターフォンの音が、家のなかに響いた。

「池澤さーん」

 外から声がする。よく知っている声だ。
 わたしがハッと顔を上げるのと同時に、お姉ちゃんが玄関に走りだす。

「お、お姉ちゃん!」

 わたしもあわてて追いかけた。

「待って! お姉ちゃん!」

 お姉ちゃんはわたしを無視して、勢いよくドアを開く。
 そのドアの向こうに、幸野が立っていた。
 自分の通学バッグを肩にかけ、胸にわたしのバッグを抱えて。