駅まで走って電車に乗る。
 あふれそうになる涙を必死にこらえる。
 とにかく遠くに行きたかった。
 あの教室からすこしでも遠くへ。

 最寄りの駅で降り、家に向かって歩く。
 歩道橋の階段をのぼり、いつものように真ん中で立ち止まる。
 手すりに手をかけて、唇を噛んだ。

 悔しい。悔しい。悔しい。
 あんなことをした幸野も。
 笑っているあかりも。
 騙されたわたしも。
 ぜんぶぜんぶ、消えちゃえばいいのに。

 走る車。灯る赤信号。
 いつもと同じ光景を見下ろしながら、わたしは昨日の海の景色を思い出す。
 打ち寄せる波の音。青い空の色。かすかな潮の香り。
 あそこでわたしは言った。
 幸野に。「生きようよ」って。

 あふれてきた涙を乱暴に拭う。
 だってあんたがわたしに言ったから。
 これから楽しいことがたくさんあるって。
 いま死ぬのはもったいないって。

 だからわたしは言ったんだ。
「わたしも生きるから、あんたも生きよう?」って。

 もう一度ごしごしと目元をこすって、手すりから離れる。
 そしてわたしはゆっくりと、家に向かって歩きはじめた。