「や、やだよ。これだけはお姉ちゃんの言うこと聞けない!」
「莉緒……」

 青ざめているお姉ちゃんの前で、わたしは言った。

「こ、幸野は、いつもふざけてて、頭くることもあるけど……悪いやつじゃないよ?」
「だからそれが騙されてるって言ってんの!」

 わたしはまっすぐお姉ちゃんを見つめて、口を開く。

「お姉ちゃん……幸野のお兄さんのこと、知ってるの?」

 幸野が小学生だったころ、中学生だったお兄さん。
 だったらうちのお姉ちゃんとおんなじだ。
 ふたりは同じ中学校に通っていて、幸野のお兄さんが亡くなったことも、お姉ちゃんは知っているのかも。

 お姉ちゃんがわたしから顔をそむける。
 そのくちびるが、ふるふると震えている。

「お姉ちゃんと幸野のお兄さんになにがあったか知らないけど……わたしは……幸野のこと、信じてるから」

 お姉ちゃんが口元をおさえて、またトイレに駆けこんでいく。

「お、お姉ちゃん!」
「こっち来ないで!」

 トイレのなかから、苦しそうな声がする。

「今夜はあんたと話したくない。あっち行って!」

 わたしはトイレの前にタオルと水を置く。

「……わかった」

 そして静かに、自分の部屋に入る。
 その途端、急に体の力が抜けて、わたしはすとんっとしりもちをついてしまった。