「池澤さん!」

 幸野の声がわたしを呼んだ。びくっとまた背中が震える。

「池澤さんも、こっちくれば?」
「あー、ちょっと、悟くん?」

 すかさずあかりが口を出す。

「悟くんは知らないだろうから教えてあげるけど。あの子のことはほっといてあげて」
「え?」

 うつむいたわたしの耳に、あかりたちの声が聞こえてくる。

「なんかあたしたちとはしゃべりたくないみたいだし。てか、おとなしそうな顔して、泥棒みたいな真似する子だから」

 わたしは膝の上で両手をぎゅっと握る。

「ひえっ、出た。女ってこえーよなー」

 木村くんの声に、あかりが言い返す。

「は? 先にひどいことしたのはあっちだからね!」
「うわ、こえー、こえー」

 男子たちが大げさに逃げ出す。

「ひどいことって……」

 黙っていた幸野が口を開いた。

「上履きでも隠された?」

 その言葉に息が詰まる。

「は?」
「で、その仕返しにおんなじことしてるわけ?」
「な、なに言ってるの?」

 あかりの声が低くなる。
 わたしは耐えきれなくなって、幸野の席を見た。
 幸野はあのまっすぐな目で、あかりのことを見つめている。

「そんな小学生みたいなこと、いまだにやってんの?」

 あかりのくちびるが震えている。
 教室内の空気がぴりっと凍りついたのがわかる。
 すると幸野が急に、あははっと明るい声で笑いだした。