老婆の経営している店の奥には、暖炉のある部屋があった。

「ワシはレネーナという。レネと呼んでおくれ」
「ボクはシンです。渡里真司。よろしくお願いします」

 部屋の中央には木製の机と四人分の椅子が並んでいる。

「飲み物は、果実水とホットミルクがあるが、どちらがいいかね?」

 レネお婆さんに問われたボクは少し迷って、ホットミルクを頼んだ。

 体が芯から冷えていたからだ。

 窓から外を眺めると雪が降っている。

 レネお婆さんがホットミルクの準備のためにキッチンへと向かった。ボクはしばらく椅子に腰を下ろして、暖炉の火を眺めながら待った。

 何だか凄く落ち着く。部屋の中はパチッパチと薪の燃える音と、キッチンからコトコトとミルクを温めているであろう音だけが聞こえている。

 しばらく待っているとレネお婆さんが飲み物を持ってやってきた。

「さぁ、飲むと良いよ。体が温まる」

 そう言って、窓の外へと視線を向けるレネお婆さん。

「降ってきたねぇ」

 ボクはホットミルクを一口すすりながら頷いた。

 だいぶ熱いが飲めないことはない。

 少しずつ飲んでいく。

 そんなボクを見つめるレネお婆さんと目が合った。

「さて、色々と聞きたいことがあるだろう?」

 ボクはホットミルクを持ったままで頷いた。さっそく質問だ。

「ここはどこですか?」

 するとレネお婆さんは答えた。

「魔法の里さ。名前は……そうさね。特にはないが微睡みの国とも魔法の隠れ里とも言われているね」
「魔法の隠れ里……」

 どうやらボクの知る世界ではないということは確定のようだ。さっきレネお婆さんが魔法を使ったことからも分かってはいたが。

 当然、次に聞く質問はこれだ。

「ボクはボクの居た世界に帰れますか?」

 するとレネお婆さんは少しだけ考え込んで言った。

「帰れるとも言えるし、帰れないとも言える」
「どういうことですか?」
「うむ。実はね、本来”この世界”と”あちらの世界”は行き来が可能なのじゃよ。まぁとは言っても魔法使いだけが可能なのじゃが。しかし今は、それが出来んようになっておる」

 ボクは首を傾げる。

「どうしてでしょう?」
「それが分からんのじゃよ」
「分からない? そんな! 何とかなりませんか!」

 ボクはレネお婆さんに尋ねる。すると彼女は言った。

「ならんこともない」
「どうすればいいんですか?」
「それはな、魔導書に詳しい人物なら知っておるかもしれんからじゃ」

 そう言って、レネお婆さんは地図を出した。

「この里の地図さね」

 けっこう広い里だ。ちょっとした町ぐらいの大きさがあるかも知れない。

「ここが館で、ここがワシの店」

 そう言って、里のほぼ下の方を指すレネお婆さん。そこから、つつつーと指を里の中央まで持っていって言った。

「そして、ここが魔導書に詳しい者。里の長であるマーリンの現在の住処さ」

 ボクは率直な感想を述べる。

「随分と遠いんですね?」
「あぁ。この隠れ里はかなり大きいからね。子供の足で歩くと、だいたい二刻(一時間)は掛かるね」

 だいたい十キロから十二キロぐらいか。歩けない距離じゃない。

「ワシも付いていってやりたいが、さすがに歳で足腰がねぇ」

 ボクは、この程度のお使いなら出来ますと。元気に請《う》け負う。

「大丈夫です。一人で行けます」
「うん。そうかい? なら紹介状は書いてあげよぉね、まぁ里の観光がてら行ってみるといいさね」
「はい!」

 勢い込んで頷いたボクに、レネお婆さんがニッコリ笑って言った。

「とりあえず食事にしようかね」

 言われてみて思い出した。確かに、お腹が空いている。

 レネお婆さんが席を立って、食事の準備を始めた。

 ボクはホットミルクを飲みながら待っている。すると机の上にパンやシチュー。チーズといった食事が並べられた。

 ボクは帰れないという状況から、ちょっとした冒険に出るという事の方に気持ちが引っ張られてワクワクとした気分で、気持ちよく食事ができた。

 その後。食事を終えたボクに、レネお婆さんが言う。

「さて。今日はもう遅いから出発は明日にしようかね」

 ボクは頷き、レネお婆さんの家の客間で一晩を過ごしたのだった。