中へと入ったボクは、部屋を一つ一つ見て回った。まずは一階から。

 大広間からキッチンへ。

 ダイニングに応接室。

 トイレやシャワー室。

 一室一室が広くて、それぞれも繋がっていて入り組んでいる。しかし生活感はまったく感じられない。

「何故だろう?」

 そんな疑問。

 試しに応接室にある机の引き出しを開けてみた。中は空っぽだ。本棚にも本が入っていない。

「そうか。家具はあっても中身が無いんだ……」

 特別な物は何も見つからない。

 大広間に戻ると、玄関の脇にシューズインクローゼットなんてのもあった。靴を収納できる少し大きなクローゼットで、人が二、三人は入れる広さがある。とうぜん空っぽだ。

 というか廃屋なのにホコリやチリも落ちていない。人の気配はないのに手入れは行き届いている。そんな小さな違和感。

 二階や三階も見て回る。

 二階には客間や寝室や居間が数部屋ずつあって、他にトイレやシャワー室。小さなフロアにはビリヤード台なんてのもあった。

 三階は子供部屋だろうか?

 少し小さな部屋が三部屋ずつ。トイレも有るしシャワー室もある。

 屋根裏部屋へ続く階段も見つけた。

 何かあるとしたらここか?

 そう思って軋む階段を上がる。しかし……

「なんだ。何にもないじゃないか」

 呆気ない。冒険はこれで終わり?

 一通り見て回ったが何にも見つけられなかった。

 がっかりしながら階段を降りると、その階段の正面脇に、まだ確認していない扉を発見した。

「これが最後かな?」

 確認してみようとドアを開けると真っ暗な空間が広がっていた。かろうじて地下に伸びる階段が見える。

「地下室か……」

 薄暗い室内。その中でも更に暗い場所。まるで地獄の底に続いているんじゃないかってぐらいに怖い。

「マジかぁ」

 行こうか行くまいか迷っていると、階段脇にスイッチがあるのに気がついた。

「点くかな?」

 パチっと電源をオンにする。すると壁に掛けられているライトに電気が灯った。これで少しは怖くなくなった。

 下へ下へと伸びる階段。

 途中で左の方へ曲がっていくから奥は見えない。

 ボクは階段を慎重に降りていく。

 ギシッギシと階段がきしむ音だけが聞こえる。それに何だか寒い。

 そんな階段を降りた先にあったのは小さな地下室が一部屋あるだけだった。

 その中央にはアンティークな宝箱が鎮座している。

「人食い宝箱じゃないよな?」

 状況が怖くて思わず大きな独り言。ボクが想像したのはゲームとかに、たまに登場する、宝箱に擬態して、欲望に早る主人公たちに襲いかかってくるモンスターだ。

 開けるのを躊躇《ちゅうちょ》する。しかし、いつまでもこうして居ても始まらない。というか現実的に考えて、そんなモンスターはいない。

「たはは……」

 自分で自分の考えたことがバカバカしくて、呆れたような苦笑いがこぼれた。

 だが、それだけ状況に呑まれていて、同時に緊張し続けで疲れてもいるのだ。

 それでも、ここまで来て確かめないというのはない。だから、そっと近づいてみる。

 何も起こらない。

 そっと手を伸ばし、鍵がかかっていないことを確認した後で、そっと宝箱を開いた。

 そこには……

「本」

 中にはアンティーク調の本が二冊入っていた。かなりの大きさで、たぶんA2サイズほどはあるだろう。両腕で抱えるようにしながら持ち上げる。

「ふぅ」

 結構な重さなので、床に置いて開いてみた。表紙には見たことのない文字が書かれている。一ページ目を開くが何も書かれていない。二ページを開いてみた。すると魔法陣とともに、やはり見たことのない文字が。ページを捲《めく》っていく。すると三ページ見にもやはり読めない文字が書かれていた。

 そんな感じで次々にページを捲っていく。ときおり漢字が混じったページも出てきたこともあった。

「なんだろう? 魔法の本かな?」

 ページ数も多くて、意味も分からないので、けっきょく途中で本を閉じた。

 読めないんじゃ意味がないからだ。

 宝箱の中には他には何も入っていない。

「なんだ。これだけか」

 そう思って震える体を擦る。

「寒いな……」

 吐く息が白くなっている。

「なんだか変だ」

 五月の室内。地下室なら、もっと蒸《む》しっとしていて暑いだろうに。

 それが、さっきから感じるこの寒さは何なんだ?

 息を吐く度に、白い煙が宙を舞う。

 とはいえ。それ以外に変なところはない。

 ボクは少し、がっかりしながら地下室を出ることにした。

「これだけか?」

 何もなかった。何も起こらなかった。

「ボクの冒険はこれで終わりかな?」

 階段を上がる。それにしても寒い。

 階段を上がった先には玄関へと続く大広間が広がっている。

 そして、大広間から玄関を開ける。すると、そこには見慣れない町並みが広がっていた。

「え……は? どこ? ここ」

 雪景色。それも異国のような町並みが広がっている。灰色のレンガ造りの町並み。

「はい?」

 それはテレビ番組で見た、ヨーロッパの古都を思わせる情景だ。館の前を歩く人の服装も、どう見ても現代じゃない。厚手のローブを纏《まと》っている。

 ボクは雪で滑るのを警戒して足元に注意しながら館の玄関を出た。

 門までの道のりには雪も積もっている。

 門を開けて通行人を見上げてみる。通行人と目が合う。金の髪に緑の瞳をした白い肌の人だった。どう見ても日本人じゃない。

「嘘だ……」

 ボクは転びそうになりながらも、急いで屋敷の中へと戻り、地下を駆け下り、そしてもう一度、階段を駆け上がる。

 しかし、そこには先程と同様の、異国の町が広がっているだけだった。