機械が生み出す正確な和音に、遥奏の伸びやかな歌声が乗る。
 僕が鍵盤を叩いて鳴らすタイミングの合わない音は、どう考えても余計な雑音だ。
 にもかかわらず、
「楽しい!」
 遥奏は満足げだった。

「ねえねえ、ここでコンサート開いちゃおっか! 河川敷で暇してる人たち呼んでさ! 『独唱:柊遥奏、伴奏:篠崎秀翔』!」
「ダメ」
 遥奏の冗談と本気は区別がつかない。だから、変なこと言い出したらなんであっても真剣に止めるのが正しい対応だ。

「ねえねえ、次はさ、秀翔はアルト歌って」
「え?」
 連続攻撃に、つい対応が遅れる。
「秀翔、声高くてきれいじゃん。アルトがぴったりだと思うから!」
 そういう問題じゃなくて。

 ……いや、そういう問題でもある。
 中学生になって一年近く。周りの男の子たちがどんどん声変わりしていくのに僕はまだ高い声のままだから、(数少ない)友達にもいじられるし、父さんも気にしてはときどき「なかなか声変わらんな」なんて言ってくる。
 そういうわけで、「声高くてきれい」と言われると、かさぶたをひっかかれたような細かい痛みが走った。
「僕、アルトなんか歌わない」
 遥奏に全く非の無い理由で、つい拗ねる。

 当の遥奏はというと、そんな僕のリアクションにはお構いなしで。
「じゃあ、テノールでもいいよ。ちょっとサビのところが難しいんだけど、一緒にやってみよ!」
「いや、だからそういう問題じゃなくてさ!」
 靄がかかった僕の心境はつゆも知らず、遥奏は突っ走る。
「大丈夫! トレーニングは私に任せて!」