「和臣」

『うん』

「さっきお兄ちゃんに言われたの、お前はここに残って、和臣といるべきだって」

『うん』

「今離れたら、また戻ってしまうからって·····」

『うん』

「でも、でもね」


もう、私の中に侑李の世界は無い。
私のこころは治ってる。

ということはもう、完治している私に、和臣の治療薬は必要ないということ。


その事を理解している私は、きっともう二度とそんな世界を創らないだろう。


「私はもう大丈夫なの」

『そうみたいだな』

「和臣と離れていても、もう大丈夫なの」

『うん』

「和臣のこと信じてるから、離れていても。私が辛い時は和臣に連絡する。私が困ってどうしようってなった時も、絶対和臣に言うから!」

『密葉?』

「だから和臣も私の事信じて·····。もう大丈夫だから·····、和臣がいなくても」

『分かってるよ、言いたいことは』


和臣が優しく笑う。


『行くんだろ?』

侑李と一緒に。


『もう密葉は大丈夫だよ』

二度と世界を創らないから。


『遠距離とか、大したことねぇしな』

ずっと和臣を·····、ううん、お互いが信じあっているから。


『行ってこいよ。俺は密葉をずっと待ってるから』

「うん·····」

『なあ』

「うん·····っ·····」

『電話越し、結構キツイんだけど』

「···っ·····」

『会いたい、すげぇ会いてぇんだけど·····、今どこにいんだよ』


私も、今すぐ会いたい。


「今は侑李の病院で·····、でも、戻らなくちゃならなくて·····」

『ん。分かった』

「終わったら私が会いにいく!和臣の所に!何時になるか分からないけど、行くからっ」


いつも和臣が私を迎えに来てくれるから·····。
今日ぐらいは、自分の足で和臣の所へ向かいたいから。


『分かった、待ってるな』


私の愛しい人·····。


会って早く抱きしめて欲しい·····。

早くキスしてほしい·····。


私はずっと、これからも和臣の事を思っているのだから·····。


すごく世界が変わった気がした。

前までは街で見かける恋人や、友達同士で遊んでいる子達を見れば、羨ましいって思ってた。

不思議とそれを見ても、苛立ちや羨ましさを感じることは無くて。



和臣の地元へ1人だけで訪れたのは初めてだった。夜の九時。侑李の病院からの最寄り駅から電車に乗り、ここに来たわけだけど。

会いたくてたまらない和臣は、今どこにいるか分からず。


和臣の地元の駅と言っても、この駅に来ること自体初めてで。


どこに行けば和臣に会えるのか。電話を繋げればきっとどこにいるか分かる。けど和臣なら、私がここにいるといったら、来そうな感じがしたから。


待つと言っても、来てくれるのが優しい和臣だから。

でも、電話をしないと、和臣がどこにいるか分からない。

バイクでラーメン屋に行ったり、和臣の家へ何度か行ったことはあるけれど。あんまり道順は覚えていない·····。
というか、駅からの行き方が分からない·····。この駅で降りるのも初めてなんだから。


どうしようかとぼんやり考えていると、「こんばんわ」という声が、横から聞こえて。

「覚えてますか?」という茶髪の男が、私のことをじっと見ていた。

同い年のような男の子は制服をきてきて、突然見ず知らずの人に話しかけられた私は「え?」と戸惑ってしまった。

見ず知らずの土地で、見ず知らずの男に話しかけれる。


覚えていますか?

男の人は困った顔をして、「フジ君の彼女ですよね?」と、また驚くことを言う。



「え···?」

「覚えてないですか?前に、ラーメン屋で会ったんですけど」


ラーメン屋·····。
ラーメン屋で思い出すのは、和臣といったラーメン屋·····。


そこで会ったのは確か·····。


あ··········。と、ぼんやりと思い出して·····。



「城崎辰巳の弟っていえば、分かりますか?」と、落ち着いた声で言った。


和臣の親友の辰巳君の弟·····。

それを考えれば、少しずつ目の前にいる人を思い出してきて。


「はい·····」

「1人ですか?」

「え?」

「あ、いや···、地元こっちじゃないですよね?」


どうしてそれを知っているのか。
和臣から聞いたのだろうか?


「はい、和臣に会いに来たんですけど、どこにいるか分からなくて」

「フジ君に?」

「どうしようって思ってました」

「え? フジ君ならあそこに·····、ってか電話しないんですか?」


よく分からない顔をする辰巳君の弟。


「電話をすればきっと和臣は私を迎えにくるから、私から会いに行きたくて」

「そうなんですか·····」

「あの、和臣がどこにいるか検討つきますか?」

「多分、事務所にいると思いますよ」


事務所?


「事務所って?どこかのビルとか?」

「え?」


え?


辰巳君の弟は、少し驚いた顔をして。

「行ったこと無いんですか?」

やっぱり驚いている辰巳君の弟·····。


行ったことがない·····。
事務所とは?


「事務所ってもしかして暴走族に関係あるんですか?」


私が知らない和臣·····。


「·····そうですね、族の溜まり場です」

「私、あんまりそういうの知らなくて。総長っていうことは知ってるんですけど、それ以外はほとんど何も·····」

「··········」

「·····じゃあ、その事務所っていう所に行ってみます。どの辺りにあるか知ってますか?」


私はそう言って笑いかけた。
辰巳君の弟は私の話を聞き、何かを考えている様子で。



「あの···、つまりフジ君に内緒で、フジ君の所に行きたいって事ですか?」


まあ、そういう事になるかもしれない。


「はい」

「ちょ、ちょっと待って、フジ君が事務所にいるか聞いてみますから。いなかったらダメだし」


辰巳君の弟はそう言って、後ろのポケットからスマホを取り出した。

どこかに電話をしているのか、その場で電話をかけだした。


「あ、俺·····。兄ちゃん今どこ?·····俺はちょっと学校用事あって·····。外に·····。ってか、そっちにフジ君いる?··········ああ、うん、いや、それだけ··········。うん。·····分かった」



兄ちゃん·····。
多分、電話の相手は、兄である辰巳君·····。



「やっぱりいるみたいです」

私にそう言った辰巳君の弟。

和臣は、事務所という所にいるらしく。



「道、曲がるとこ多いし迷うと思うので俺も一緒に行きますよ」

「え?」

「フジ君の彼女を、1人で歩かせるわけにはいきませんから」


当たり前のように言う辰巳君の弟。

それって迷惑をかけるってことなのでは?

いきなり現れた私を道案内なんて。


でも、この辺りに詳しくないから。そう言われるとすごく助かるから·····。



「いいんですか?」

顔を傾げて聞くと、辰巳君の弟は少し穏やかな顔になった。


「いいですよ」

少し辰巳君に似ている弟·····。


「ありがとうございます」

私は笑って頭をさげた。





「15分ぐらいでつきますから」と、私に対して敬語を話す彼は、奈央(なお)という名前らしく。

奈央君と私は歩きながら少しだけ世間話をした。その時に同い年だということを知って。

「じゃあ、普通に喋ってください。敬語もいらないので」という奈央君は、まだ敬語のままだった。

その事に対して質問すると、「フジ君の彼女に対して、普通に喋れませんよ」と、敬語をやめることはしなかった。